第9話 マグル魔術学院入学試験4

 

「この僕が情け無い君達に代わり、上級生の本来在るべき姿を、可愛い後輩達に見せてあげようじゃないかぁ!」

 マリオの挑発を含んだ台詞に、敗北した三人の二年生は悔しさを滲ませながら震えた。

「なーんか嫌な先輩だにゃあ? やっちゃえソウシ! ボッコボコにゃあ!」

 サーニアはシャドーボクシングの様に拳を振りながら、声援を投げ掛ける。


 教職員の面々もソウシの発言や動向に注目していた。一体次は何を見せてくれるのかと、期待に胸を膨らませている。

「任せて! これで終わらせるからね……みんな、今まで本当にありがとう!」

「「「んっ?」」」

「なんで別れの挨拶みたいになってるんだ? まさかお前……」

 ドーカムは目を細めて歩き出すソウシの背中を見つめていた。己の心中に芽生えた疑念を打ち払う為に。


 ーー黒髪の少年は中央まで進むと、満面の笑顔で挙手しながら声を張り上げて宣言する。


「参りましたぁ! 降参です! 今日はありがとうございましたぁ!」

 先程まで戦闘の恐怖に震えていたが、考えてみれば最初から降参してしまえばいい。そうすれば痛い目にも合わず、不合格にもなれると打算的な考えに辿り着いたのだ。


「「「「「はああああああああああああああーーっ⁉︎」」」」」


 その場に居た全員から発せられた、絶叫が試験会場中に響き渡る。これから戦う筈だった対戦相手のマリオまで、冗談じゃないと慌てていた。

 マリオは実は傲慢な態度に見合わず面倒見が良く、仲間思いだ。男のツンデレなんて誰得? を体現している。

「分かってるのかい? 僕達上級生は負けたって悔しいだけだ! でも、君には入学がかかっているんだよ? 例え負けたとしても、最初から戦わないなんて駄目だ! 先生達の心象が悪過ぎる! 考え直せソウシ君!」

 マリオは必死の形相で説得した。ドーカム、サーニア、メルクはその姿を眺めながら思う。


(何このいい人? 言いたかった台詞、全部取られたんですけど……)

「ありがとう御座います先輩! でも……もういいんです。みんなとの思い出を胸に、僕はお姉ちゃんと生きていきます! 家でメイドさんの美味しいご飯が待ってるんです!」


 ーー懸命な説得もソウシの心には届かない。断固たる決意は揺るがないのだ。


「おい……俺達もうあいつの中で思い出にされてるぞ」

「ソウシは中々失礼な奴だにゃあ。嫌いじゃにゃいけど」

「……馬鹿確定、お仕置き決定」

 三人はソウシの評価を急速に正していた。考えている様に見えて、唯の馬鹿なんだと。ーー直後、試験会場に聞き慣れぬ声が響く。


「あぁ~、オホンッ! ちょっといいかのう?」

「が、学院長⁉︎ どうしてここに?」

 客席には緑のローブを着て、尖った耳を生やした五十代程に見える銀髪のダンディーな老人が現れた。

 ビヒティは驚きの余り声を張り上げる。唯の入学試験に学院長が自ら来るなんて前代未聞だからだ。


 ーー慌てる教職員を手で制し、学院長は柔らかい口調で喋り始めた。


「いやいや、驚かせて済まないのう。ちょっと友人から頼み事をされていてね。ソウシ君に伝言を伝える為に足を運んだのじゃよ」

「ぼ、僕ですか?」

「初めまして、儂はドールセン。このマグル魔術学院の学院長をしておる、しがないエルフじゃよ」

「は、はぁ……はじめましてソウシです。それで……学院長なんて偉い人が、一体僕に何の用ですか?」

 ソウシは戸惑いながら質問した。一方、ドールセンは愉快に笑いながら問いに答える。


「まさか、ここまで予想通りだと笑ってしまうのう? 我が友ガイナスからの伝言じゃ。『棄権した場合には強制的に騎士隊へ入隊させます。セリビアさんの許可は得ていますから、逃げられませんよ?』だそうじゃ。学院と騎士隊、ソウシ君はどちらの道を選ぶのかのう? ホッホッホ!」


「が、ガイナスぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーー⁉︎」

 叫び声を上げながら膝から崩れ落ちた。セリビアが絡んでいる以上、逃げる事は不可能だ。進むも地獄、退がるも地獄とはこの事かと涙ぐむ。


 学院長の話を聞いていたドーカムはーー

(騎士隊に入る方が学院に入るよりよっぽど難しいのに、何が不満なんだ?)

 ーー不思議に思い、眉を顰めていた。


 ソウシは暫く考え込んで諦めたのかフラフラと立ち上がる。学院長や仲間達が見守る中ーー

「降参はやめます……」

 ーー宣言した。しかし、その表情は陰りを帯びている。まるで唾でも吐き捨てそうな不満が表れていた。


 嫌々なのが周囲にも伝わるが、進む未来を天秤にかけた結果、騎士隊だけは嫌だと学院入学が勝ったのだ。


「じゃあ結果はどうあれ、そろそろ始めようか。言っておくが手加減はいらないよ。僕はこれでも二年生の中で、上位に入る実力者だからね! 本気でぶつかった上で、君に上級生の実力を示してあげようじゃないか!」

「はい。逆に手加減をお願いします……」

(痛いのは嫌だなぁ)

 ソウシは戦闘を行わなけれならならない恐怖から怯えていた。逃走したい気持ちを必死で押し殺している。


 ーー最終試験はドールセン自らが宣言した。皆の期待が高まり、熱い視線が降り注ぐ。


「それでは、これより最終試験、ソウシVSマリオの模擬戦を開始するのじゃ! 始めよ!」

「いくぞぉ! 雷を纏いし我が従僕よ、立ちはだかる敵を薙ぎ払え! 『サンダーホース』!」

 鳴き声を上げながら、雷を纏った馬が襲い掛かる。マリオは契約した獣や魔獣に魔術を付与する事で、威力を高めていた。

「うわわわわわわわぁぁぁ〜〜!」

 慌てふためきながらも回避して地面を転がるが、雷馬はすかさず方向転換すると背後を追いかけてくる。


「こ、こんなのアリですかぁぁーー⁉︎」

 雷馬が少年に直撃すると誰もが思った瞬間、見えない壁に弾かれて魔術は四散した。


 ーー聖剣の封印が解けた合図とも言える。アルフィリアを顕現してはいないが、勇者の胸元から青白い燐光を発していた。


「へっ⁉︎ 一体何が? 僕の魔術は? 彼に一体何が起こったんだ⁉︎」

 マリオは困惑し、突如ソウシから放たれた猛烈なプレッシャーを感じて滝の様な汗を流している。

 まるで目の前の存在が巨人に見える程の威圧感に、腰が抜けてへたり込んだ。


 勇者は恐怖と焦燥から、己のステータスが解放されている事に気付いていない。

 アルフィリアはこの機会を狙っていたのだ。主人が最大に目立つ瞬間をーー

「うわぁぁぁっ! 『アポラ』」

「拙い‼︎」

 ーーソウシは無我夢中で目を瞑り、先程覚えたばかりの魔術を放つ。右手を構えたその瞬間にドールセンは転移魔術を唱えてマリオの眼前に現れた。身体に触れて飛び去ると、『アポラ』をギリギリで避ける。


 同時に放たれた聖球の軌道上に、幾重にも『シールド』を張るが、聖球は凄まじい回転とスピードから、防御膜を紙の如く貫いた。


『アポラ』は第三試験会場の壁を破壊し、隣の会場まで巻き込んで被害を拡大させる。

 ドールセンが『テレポート』で回り込み、己の全開魔力で抑えつけなければ、街まで影響が及ぶ所だった。


 試験会場に居た者達は、眼前で放たれた常識を遥かに覆した魔術の威力に絶句している。中には泡を吹いて気絶する者までいた。


 ソウシは初めてアルフィリアを抜いた時と同じ感覚を味わいーー

「また、やってしまった……」

 ーー後悔から崩れ落ちて号泣している。

「違うんです。僕はこんな事望んで無いんです……何かの間違いなんですよぉぉぉぉ〜〜‼︎」

 溢れる涙は、地面に水溜りを作れそうな勢いで流れていた。


「模擬戦を続けるかのう? 儂はオススメはしないがね」

 学院長の問い掛けに、マリオは顔面蒼白のままに首を激しく横に振った。


「い、いえ降参します。させて下さい……一体何なんです彼は? たった一発の魔術で、こんな……」

「いつかわかるじゃろうて。今は同じ学院の仲間として、そして先輩として導いてあげなさい。知識は力なり。その意味がお主なら解るじゃろう?」

「は、はい! 僕に導けるかな……あれを見た後じゃ、全く自信が無いんですけど」


「ホッホッホ! 確かにさっきの魔術を止めるのに儂の魔力が半分近く食われたからのう? 別の意味で彼は学ばねばいかん。先ずは常識からじゃな……」


 ーードールセンはマリオを諭し、試験会場中央に歩み出す。


「これにて、最終試験を終了する! 君達四人は皆合格じゃ! 一週間後からこの学院に通い授業を受けなさい。それまでは寮の部屋を決め、学院の手続きも含めて規律などの説明を受けて貰おう。栄誉ある『マグル魔術学院』の生徒として、誇りをもって勉学に励むのじゃ! 儂は期待しておるぞ!」


「「「はいっ‼︎」」」

 背筋を伸ばし、敬礼をしながら元気よく返事をする受験生三人に対し、ソウシは悲壮感を漂わせていた。


「ガイナスぅぅぅぅ。アルフィリアぁぁぁぁ……まじかぁぁ……嵌められたぁぁ」

 聖騎士長と聖剣の掌の上で転がされた事より、その後に待つテレスとの同居生活に恐怖している。

 想定外の結果に憤慨する気持ちすら沸き起こらない。


 こうして、勇者のマグル魔術学院入学試験は『合格』を以って終わりを迎えたのだった……

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