第8話 マグル魔術学院入学試験3
「き、君は一体何者なのですか? こんな水晶の反応見た事も聞いた事もない。水晶が砕け散る? ーーあり得ないでしょうが‼︎」
ビヒティはソウシに迫り、鬼の様な形相で掴みかかる。他の受験者三名は何が起きたか理解出来ず、唖然としていた。
「な、何かの間違いですよ! 白と黒なんて普通は出ないんでしょう? きっと水晶が調子悪かったんじゃ無いかな!」
「ふぅーむ……とりあえず全員合格だ。ソウシ君には後で話を聞かせて貰うからね?」
「……ご、合格ですか」
ソウシは合格の宣告に思わず肩を落とす。本来ならもう不合格になって早々に屋敷へ戻れたのに、作戦は失敗した。
「とりあえず全員第一試験突破だ! 次の試験に向かおう」
「はいにゃ~!」
「……わかった」
「は、はい!」
ドーカムの言葉に頷き、四人は次の試験会場へ向かう。第二試験会場には、同じくローブを着た二十代の綺麗な女性が待っていた。
「初めまして。私は職業魔術師として、みんなに魔術を教えるアイナよ。ここでの試験は簡単。何でもいいから一つ魔術を見せて貰うわ。属性が分かっていれば詠唱するだけで魔術は撃てると思うから、その魔力の高さを見せて?」
成る程と頷く三人に対して、ソウシは謎の属性から詠唱なんて解らず、今度こそと一人不合格への道のりを導き出していた。
無難に無属性の『シールド』を発動させたドーカム。『フレイム』を発動させたサーニア。『アイスアロー』を発動させたメルクは、問題無く試験をクリアしていった。
ーーそしてーー
「次、77番ソウシ君前へ!」
試験仲間達は、先程とはうって変わった興味ある視線を向ける。次は一体何が起こるのか、胸を昂ぶらせていた。
「あの~? 僕は詠唱とか分からないんですけど。属性も不明なので……」
「ん? さっきの水晶は何色だったの?」
「……白と黒です」
「そんな訳ないでしょ~。白と黒って言ったら伝説の『聖属性』と『闇属性』よ? 私も古い文献で少し読んだけど、使えるのは神竜クラスの竜族と魔族のエリートだけよ。決して人間が使える魔術じゃないわ」
そこへ、サーニアが怒声を張り上げる。
「嘘じゃないにゃ! ソウシは白と黒の輝きを放って水晶を粉々にしたにゃ!」
「はっ? 水晶を粉々? ーーじゃあ試しにこの呪文を詠唱してみなさい。我、聖なる力にて邪悪なる魔を滅する者。光よ集え、闇を打ち払う輝きを放たん。『アポラ』」
『そんな詠唱、一回で覚えられる訳ないだろ』と不満気な顔をしながら、ソウシは魔術名を呟いた。
ーー「アポラ?」
突如右手が光り出すと、掌に丸くて白い球状の塊が生まれ、次第に輝きを増しながら膨らんでいく。
「えっ? 何? 何これアイナ先生! また嫌な予感しかしないんですけどー‼︎」
「なぁぁ⁉︎ 発動させたぁぁ! 更に無詠唱⁉︎ やばい、やばい、やばい、やばい! その右手を直ぐに上に向けて、早くうぅぅぅー‼︎」
「は、はいぃ‼︎」
急いで右手をドーム型の試験場の天井に向けて翳す。生み出された聖球はその瞬間放たれ、天井の壁を突き破って上空へと消え去った。
落ちてくる破片はアイナが『シールド』を張って防ぐが、眼前で起こった事態に対して驚きを隠せずにいる。
「み、みんな合格よ……ソウシ君には後で話を聞かせて貰いますからね?」
その宣告にソウシは深く肩を落とす。しかし、考えてみれば何かが変だと疑問を持った。チョーカーに聖剣の力は封印されている筈なのに、何故この様な力が出るのか。
確かに十分の一の力でも、並大抵の人間に比べれば相当に高いステータスなのは分かる。
だが、其れだけでは納得出来ない結果を、この試験で望まぬままに発揮している己の力に疑問を抱いた。
すると自らの胸元を私見し、淡く輝いている青光に気付くと小声で語り掛ける。
「まさか……お前の仕業か、アルフィリア?」
まるで返事をするかの如く青光が明滅し、『正解』だとその勢いを増した。
『聖剣アルフィリア』は己が意志を持っている。言葉こそ聞こえないが、主人に対して感情は伝わるのだ。
もしも、己の主人が邪悪な道に走ろうとすれば力は貸さないし、相応しくないと思えば身体には宿らない。
アルフィリアはこの試験が、主人に自らを宿す者として『自信』をつけて貰ういい機会だと考えていた。
チョーカーの邪魔な封印を極力削ぐ様に、内部から必要以上の力を流し込み、ステータスを底上げしていたのだ。
「アルフィリア。余計な真似をするなよ? 僕は試験に落ちて、無事にセリビアお姉ちゃんの元に帰るんだ!」
青光はまるで、その意見に抗議するかの様に点滅を早める。
「主人は自信を持てだって? いやいや、持たないよ馬鹿! 帰るんだよ家に! 僕は今日もガイナス邸のメイドさんが作る美味しいご飯を食べるんだってば!」
その場違いな主人の台詞を聞いた聖剣は決意した。
『やり方が手ぬるかったな……』
ーーソウシはこの試験の後、絶叫する事になる。
『聖剣アルフィリア』は主人に胆力を身につけさせる、『体内更生プログラム』を密かに開始していた……
__________
ソウシは己の意思で、自ら落ちる筈だった入学試験を、第三試験まで進んでいる。
「おかしい、こんな筈じゃなかったのに……」
「にゃーにゃーソウシ。どうやってその力を身に付けたにゃ? あたいは不思議でしょうがないにゃあ~?」
「それは俺も聞きたかった。村人に持てる力じゃあないぞ、ーーあんなもの」
「……まるで、ーー規格外」
問われた少年は三人の愚直な質問に、一体どう誤魔化そうかを考える。
「僕自身もよくわからないんだよ。一昨日まで平凡で幸せに暮らしていたのに、突然ガイナス様に連れて来られて、この学院に入る様に言われたんだから」
「ガイナス様に認められた者か……成る程、こいつは興味深いな」
ドーカムは顎を撫でて考えた。きっとこいつには、秘められた何かがあるのだと。
「とりあえず、全員無事に第二試験を突破だ! 第三試験会場に向かおう!」
「「「は~い!」」」
この頃には大分みんな緊張が解けて仲が良くなっていた。試験に落ちようとしているソウシとは違い、残ったメンバーは性格の良い者達なのだ。
廊下を暫く歩くと第三試験会場が見えてくる。そこには学院のローブを来た、『上級生』達がこちらと同じく四人で待っていた。
試験官役として、ビヒティとアイナが中央に立っている。
「これより最終試験を行う。本来他にも剣術や体術の試験を受けてもらう予定だったが、事情が変わったのです。この試験を最終試験としましょう。二年生の先輩と戦い、各々の力量を見せてください。その戦闘の内容いかんで、合否を発表致します」
「はぁ⁉︎ なんでいきなり入学試験が模擬戦になるんだ!」
ドーカムが盛大に騒ぎ立てる。そんな試験、前代未聞だと不平不満を訴えた。
「そこにいるソウシ君を含め、貴方達の実力が他の生徒達に比べて遥かに高いからですよ! これはいい結果でもあるのです。それだけ評価が高いのだと思えばいいでしょう?」
「それは確かにそうですが、先輩たちと戦うというのは……」
その瞬間、逡巡する受験者を見ていた上級生達は大爆笑する。
「あははははぁっ! ばっかじゃねぇの? お前ら如きが俺達に勝てるわけないだろうが! 試験の記念みたいなもんだと思えよ! 先生方も気の毒な事をするよなぁ? お前らが哀れでしょうがねぇよ」
「かっちーん! ムカついたにゃあ! 先輩だからって、手加減なんてしてやらないからにゃあ!」
サーニアの言葉を聞き、更に侮蔑の視線を向ける上級生達。自惚れでは無く、自分達が負ける筈がないという確固たる自信があるのだ。
「では四対四の模擬戦を行います。これにて試験の合否を決める事としましょう! 私達以外にも、各試験の先生方も見に来ておられます。己の最大限の力を発揮してくださいね」
「第一回戦ドーカムVSアルダ。前へ!」
ドーカムは自身の剣を上段に構え、『身体強化』を発動させる。対するアルダは『フレイム』を五つ己の周囲に張り巡らせ、迎撃の態勢をとっていた。
「始め!」
「うおおぉぉぉぉ‼︎」
『シールド』を発動させながら、ドーカムはアルダに特攻をしかける。
「甘いんだよ」
愚直な騎士見習いに向けて、周囲を漂っていた『フレイム』が連続で襲い掛かった。
剣で必死に切り払うが、その手数の多さから被弾して退がらざるを得ない。
「ちくしょう!」
打開策を必死に考えるが、騎士として遠距離攻撃の手段を持ち合わせていない。襲い来る炎を剣で切り払いながら、前進するしか手がなかった。
まるでそれを予測しているかのように、アルダは距離を取りながら、炎魔術で攻撃し続ける。
「このままじゃ、手が出せないまま試験が終わっちまう……」
思い悩む姿を見兼ねて、ソウシが試験とは見当違いな台詞を吐き捨てた。
「ドーカム君! 逃げればいいんだよ。自分から炎に当たりに行く必要なんてないんだ!」
それは戦闘のアドバイスなどでは無く、単純に自分なら逃走するという臆病さの露見だ。
ーーしかし、ドーカムには僥倖だった。
「成る程、隙をつけという事か。ただ愚直に進むだけでは、勝機は得られないという事だな? ありがとう!」
「えっ⁉︎ う、うん、どういたしまして」
ソウシは何故お礼を言われたのか疑問から首を傾げるが、取り敢えず応援に戻った。
騎士見習いの少年は、剣を上段から突きの構えに変え、アルダの魔術をギリギリ避けながら前進した。狙いを一点に定め、連続で迫る炎の合間を進む。
「何だと⁉︎ 沈めよこの野郎!」
上級生は焦燥に駆られて魔術を急いで連発するが、先程とはうって変わり当たらない。
ここが己の距離だと言わんばかりに近づいたドーカムは、剣を狙い定めて突き刺した。
『シールド』が張られており、それを予測していたからこその突き。一点突破。剣はアルダの頬を浅く裂き、一筋の血が滴り落ちる。
「降参しますか?」
「あ、あぁ。俺の負けだ……」
それを観戦していた職員は、声高らかに宣言した。
「一回戦、ドーカム君の勝利!」
「やったにゃぁぁぁ‼︎」
「……当然」
「おめでとう! ドーカム君!」
受験生達は諸手を上げて喜び合った。
これでドーカムの合格は確定であり、そして次は自分の番だ。しかし、ソウシは一人別の思惑を抱いている。この勝負に負ければ不合格確定なら、こんなに嬉しい事はないと喜んでいた。
呑気な顔を晒しているソウシに見送られ、猫耳を震わせながらサーニアは歩き出す。
「続いて第二回戦、サーニアVSマミルーク! 前へ!」
「よろしくお願いしますにゃ!」
「下等な獣人風情が。ここまでの試験に残れたからって、調子に乗るんじゃないぞ!」
「獣人だからって、差別はよくないにゃ!」
「ふんっ。この学院にふさわしく無いんだよお前は!」
戦闘前から先輩に罵詈雑言を浴びせられ、図らずも両者は睨み合う。
「第二回戦開始!」
「食らえ!『アイスアロー』!」
マミルークの攻撃に、獣人の少女は一切動かない。ひらりと迫る氷魔術を躱すと、視認できない速度で背後に迫りより、首筋に己が爪を突きつけた。
「……まだやるかにゃ?」
向けられたのは、冷酷な視線。低く囁くような警告。
『逆らえば、そのまま首筋を切り裂く』
周囲からは脅している様に見える程の威圧。そこには明るく快活な少女の面影すら無かった。唖然とする観客席の教師陣とソウシ達は、少女が一体何者なんだと驚きを隠せずにいる。
「こ、降参だ」
マミルークは言葉通り何もできずに敗れ去り、膝から崩れ落ちた。
「やったにゃあ~! 褒めて~‼︎」
一方、サーニアはソウシに抱き着き、猫耳を押し付けて頭をすりすりと甘える。
(何? この可愛い生き物?)
だらしなく涎を垂らすが、頭を撫でるだけにしておく。『あの時』のように、不意打ちでよくわからない攻撃を食らいたくないからだ。
テレスにとっては一大事のキスも、ソウシにとっては嫌がらせを含めた、質の悪い悪戯だと捉えられていた。
本人が知ったら激怒する事になるが、ーーそれはまた後日の話。
「第三回戦。メルクVSアーメルト! 前へ!」
メルクは気怠そうに歩き出すが、深い溜息を吐きつつ、アーメルトに提案した。
「……降参して? 貴女の魔力じゃ私に傷一つつけられない」
「後輩の癖に生意気ね。ズタボロにしてあげるから、後悔するといいわ?」
「……私はAランク冒険者の資格を持ってる。それでもやる?」
「はぁっ⁉︎ Aランクの冒険者が学院に一年生から通うわけないでしょう? 吐くならもっとましな嘘にしなさいよ、馬鹿ね‼︎」
「……先生、教えてやって?」
メルクに視線で急かされたアイナが態とらしく咳混むと、気まずそうに説明を始めた。
「ちょっとその子には事情があってね。だけど言ってることは本当なの。ごめんなさいねアーメルト。辞退した方がいいわ。もうその子はAクラス入りが確定しているから……」
「はぁ~? じゃあなんで私を呼んだんですか? 意味がわからないですよ」
「色々建前ってやつも必要なのよ……」
「そんなもん知るか! 私がこの子を倒せばAランク並の魔術師って事でしょ? やってやりますよ‼︎」
「……馬鹿な女」
「はぁっ……第三回戦開始!」
「食らえ『フレイムランス』‼︎」
炎槍は『シールド』に阻まれて、一切障壁の先へ通らない。隙はいくらでもあるのに、メルクは魔術を放つ事すら無く、欠伸をしながらその場に立ち尽くしていた。
「なんでなの。なんで! なんでぇ!」
アーメルトは魔術を撃ち続けるが、『シールド』に対して歪み一つ生み出す事が出来ない。
「……そろそろいい?」
「うん、参った。降参します……」
アーメルトは涙を溢れさせながら、俯き己の敗北を宣言する。その姿に多少申し訳無く思い、メルクは和らげに声を掛けた。
「……これから精進すればいいよ。先輩」
しかし、それは逆効果だ。その憐憫を込められた台詞と視線に、口惜しさが倍増しながら更なる闘志を燃え上がらせていた。いつか生意気な後輩を超えてみせると。
「上級生がみんな負けたら恰好つかないだろうが。本当に役立たずばっかだなぁ?」
敗北が続く最中、ーー最後の上級生である偉そうな男、『マリオ』はふんぞり返っていた。対戦相手であるソウシは、戦闘の恐怖から縮こまっている。
勇者の命運を決める、マグル魔術学院最終試験が、今まさに始まろうとしていた……
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