第7話 マグル魔術学院入学試験2
「もうちょっと……むにゃむにゃ……」
今まで感じた事も無い柔らかいベッドの寝心地から、ソウシはもう一度毛布を被り、二度寝をしようとする。
「こらぁぁ! 起きなさいよ! 今日は入学試験でしょうがぁーー!」
セリビアが布団を毛布ごと剥いだ。弟は不愉快だと怒りを露わにするが、姉相手に勝ち目は無い。
ーー取る手段は一つだった。
「お姉ちゃん、実は僕お腹が痛いんだ……うぅ、痛くて動けない……」
「うん……仮病はもう少しソウシの事を理解してない他人にやろうね? 私にやったってバレるに決まってるでしょうが! 顔見りゃ分かるわよ!」
(畜生、このお姉ちゃん野郎め)
心の中で、演技を向ける相手を間違えたと悔恨に苛まれつつ、ベッドから起き上がる。
既に試験の結果は見えているのだと思うと、多少の緊張はあれど緊迫感は感じていなかった。
「朝食を食べて支度を整えたら、試験会場に向かうわよ」
「わかったけど、ガイナス様は?」
「とっくに起きて仕事に向かったみたい。学院への案内は、美人メイドさんがしてくれるってさ!」
「わかったよ! 僕頑張るね‼︎」
心にも無い台詞を吐きながら、食堂に向かうと、メイド達が既に食事と出発の準備を整えてくれていた。
「ありがとうございます! ここに戻って来る為に、頑張って合格してきます!」
「昨日合格したら寮だって聞いたでしょ? 当分こんな美味しい食事は食べられ無いんだから、しっかり味わっておきなさいね」
ーーソウシが表向きは真剣な眼差しを向けて頷く。
その後、準備を整えるとセリビアに見送られ、馬車に乗ってマグル魔術学院へ向かった。別れを悲しむ姉に笑顔で手を振る。
『直ぐに帰るから安心してね』
__________
魔術学院が見えてくると、門の前にテレスが立っていた。
昨日のキスから気不味さを感じたが、それも今日だけの辛抱だと我慢する。
「お、おはよう、テレス姫。良く眠れた?」
ソウシの挨拶に対し、テレスの顔が一瞬だけ凶悪に変貌した。
(あぁん? 眠れるわけねぇだろうがぁぁ⁉︎)
脳内で恫喝しながら荒々しい視線を向けるが、すぐさま笑顔に切り替える。
「おはようございます。えぇ、とっても良い夢を見てグッスリ眠れましたわ……今日は私が付き添いとして、入学試験会場へご案内致します。会場に着いてからは、先生方に指示された他の試験を受ける人達と一緒に回って頂きますわ」
「……うん」
「私が側に居ると、不思議がられてしまいますので。ソウシ様は名目上ガイナスの弟子という形で書類には記載されていますから、素性がバレない様にお気をつけ下さい」
「わかったよ。知らない人達と回るのは少し怖いけどね……あと、テレス姫って言葉使いがコロコロと変わるけど何で?」
「『表向き』の演技を覚えた方が宜しいですわよ。貴方にも今後必要になりますからね」
「ふ〜ん。なんか大変なんだね。僕には直ぐに関係なくなるよ」
たわいもない話をしながら、眼前に映る魔術学院を見上げる。外観は古典様式の意匠で纏められており、学院全体が静観な雰囲気を漂わせていた。
周囲には、学院の制服を着た生徒達が歩いている。同じ位の歳の筈なのに、ソウシからは妙に大人びて見えた。
「そろそろ着きますわ。本来のステータスなら余裕でしょうが、今は封印が施されているのですから、決して油断なさいません様に」
「はーい! 油断しないで(不合格になる様に)頑張ります!」
テレスに敬礼した後、ソウシは会場のドアを開いて中に入る。怯えながら進んで行くと受付があり、他の受験者が並ぶ背後に目立たぬ様、ひっそりと並んだ。
(気付かれたり、話しかけられませんように)ーー
ーー「次、77番ソウシ君。前に出なさい」
「は、はいぃ!」
「ほう。試験費用免除とは何処の貴族様かと思ったが、貧弱そうに見えてあのガイナス様の弟子なのかぁ! 期待しているぞ! 君が最後だから、前の三名が一緒に試験を回るグループだ。この用紙を持って、第一試験から順に回りなさい。全てが終わったら、また受付へ用紙を持って来る様にね」
「は、はぁい! ガイナス様の肩書きかーーちっ! 余計な真似を……」
聖騎士長は、勇者が試験にワザと落ちようとしたり、手を抜かない様に幾つかの策を弄していた。
ーーその一つが、自分の弟子扱いにする事である。
部下はいても、弟子はいないのが王国中で周知された事実だ。注目されれば下手な事は出来まいと高笑いしていた。
その策に対して、ソウシは珍しく困惑する事なく、冷静な様子を醸し出している。
(そんな肩書きなんて知った事かぁ! 僕を弟子扱いにした事を、逆に後悔させてやるさ!)
ガイナスの思惑は外れ、見事にやる気は発起していない。
その後、先に受付を済ませて、最後のメンバーを待っていた三名の受験生と軽く挨拶を交わす。全員が同い年で少し気が楽になっていた。
「まず、一応自己紹介だけでもしておかないか? これから一緒に学院生活を過ごすかもしれないんだからな。俺はドーカム。職業は騎士で、親は普通の町民だから先祖返りらしい。宜しく!」
「あたいはサーニア! 猫族の獣人だけど仲良くしてにゃ? 職業はシーフにゃ!」
「……メルク。魔術師」
「は、初めまして! ソウシです。村人でっす!」
顔を合わせた四人は各々自己紹介しあったが、ソウシの挨拶を聞くと疑問から首を傾げた。
『村人が、何故魔術学院に?』
不思議に思いつつも、何か事情があるのかもしれないと納得する。
「村人なのに、魔術を学ぼうとしてるなんて凄いな! 受かったら快挙だぜ。頑張れ! ーーでもソウシって名前、最近何処かで聞いた事がある様な……」
「き、気のせいですよ⁉︎ 似た名前の人なんて世の中いっぱいいますからね! ね?」
職業の神託の際、暴走した神官が撒いた御触れは、勇者が逃げた事により不快な想いをさせたのではとマグル王の命で回収されたのだが、少なく無い人数が読んでしまっていたのだ。
誤報だと報せて事無きを得てはいたが、『勇者現る』という御触れの印象は、読んだ者の記憶に深く残ってしまっていた。
「それもそうか! さぁ、第一試験会場に移動しよう」
「はいにゃ!」
「……ん」
「はっ、はい!」
ドーカムを先頭に四人は第一試験会場に着くと、魔術師のローブを着た、四十代位の男の教職員が待っていた。
渋い格好良さを、頭部の禿げが全てぶち壊している残念な人だ……
「初めまして、私はビヒティ。この学院で属性魔術の研究をしながら、教鞭を執っている。今から君達には、自分が魔術を極めるのに最適な属性と、これから目覚めるであろう可能性がある属性の二つを見せて貰う。ここで何の反応も出せなければ、試験は不合格だよ」
「あ、あの! 属性とかよくわからないんですけど」
「あたいもにゃ!」
「……無知」
ソウシとサーニアの質問に、メルクは溜息を吐いて首を横に振った。そこへ、ビヒティが言葉を紡ぐ。
「それもちゃんと説明するよ。其処に、二つの透明な水晶があるだろう? 小さい方は自分に適した属性、大きい方は今後覚醒するであろう、眠れる才能を秘めた属性を色で示してくれる。
『火属性』は赤
『水属性』は青
『風属性』は緑
『地属性』は黄色
『無属性』は透明のまま光る。
世界にはそれ以外に『聖属性』と『闇属性』という、竜や魔族が使える属性があるが、特殊なスキルや血統を持った人物以外には使えない魔術だから、今は気にしなくていい。この五属性のいずれかが、小水晶に反応すれば、試験は合格だ。大水晶が反応しなくてもね」
「先生! じゃあ、大きい方の水晶には何の意味があるんですか?」
ドーカムが挙手して尋ねると、ビヒティは諭すように頷いた。
「多くの属性を持つ者は、魔術師の才に溢れていると判断され、合格後のクラス分けに影響する。君達にいい結果が出る様に祈っているよ。さぁ、番号74番ドーカム君から水晶に触りなさい」
「はい! よろしくお願いします!」
ドーカムは緊張から身体が震えつつも、小水晶を触る。
ーーヒィィィン!
水晶は魔力と共鳴する様に甲高い音を響かせ、淡く輝き出した。
「ふむ。ドーカム君は無属性魔術が適している様だね。職業は騎士だったかな? 無属性は自身の肉体を強化したり、仲間の能力を高める付与魔術の類が多い。きっと君の剣の道に役立つだろう。精進しなさい」
「は、はい! ありがとうございます!」
その後、大水晶には何の反応も無かったが、己の試験突破を喜んでいる。
「次、75番サーニアさん。水晶へ」
「はいにゃ! 頑張りますにゃ!」
小水晶に触ると赤く染まり、大水晶は緑色に変化した。
「やったにゃ~! 二属性持ちにゃ? 天才にゃ~!」
「成る程、確かに二属性持ちは少ない方だが、両方を使いこなすには、しっかりとした努力が必要だよ? この後の試験次第では、一年のAクラス入りも夢ではないね。頑張りなさい」
「はいにゃ! ありがとう先生~!」
獣人の少女は嬉しそうに尻尾を振り、猫耳をピクピクさせていた。
(可愛いなぁ。触りたいなぁ)
しかし、ソウシには初対面の人にそんな事を言う勇気も、軽薄さも無かったのだ。
「次、76番メルクさん。水晶へ」
「……面倒くさい」
メルクは欠伸をしながら気怠そうに歩き出すと、小水晶と大水晶に同時に触れた。小水晶は青く染まり、大水晶は緑から黄色へと移り変わっていく。
「な、何と三属性持ちか⁉︎ 素晴らしい逸材だな。流石職業『魔術師』だ! Aクラス入りは間違いないだろう!」
「……ふっ! 当然」
ピースをしながら、メルクは無表情な顔が少しだけ崩れ、口元が緩んでいた。不器用で笑うのが下手なのだ。
ソウシはみんなの結果を見て、柔和に微笑んでいる。会ったばかりの知らない他人でも、合格して喜んでいる姿は胸を暖かくさせた。
最初から自分の事など、試験に落ちるとしか考えていない。
逆に三人は苦い顔をする。メルクは表情には出さないが、憐憫の視線を向けていた。
『魔術を使えるなら、村人の神託は降りない』
誰もが知っている常識から、村人に属性の反応は起こらないだろうと考えている。これから不合格になる仲間の悲しむ姿を想像し、可哀想に思いながら心配しているのだ。
村人と言われても、この三人はソウシを馬鹿にしなかった。セリビア以外の人間と触れ合わなすぎて気付いていないが、いい人格を持ったグループに入っている。
誰一人として蔑んだ視線など送らない、優しいメンバー達。普通はその想いに応えようと打ち震える場面なのだがーー
「では最後に77番、ソウシ君。水晶へ」
ーー恐る恐る一歩前に進み出て、ゆっくりと挙手した。
「あの~。実は僕、この試験に出ること事態が間違っていまして……村人で属性とか無いので、メルクさんの様に同時に触っていいですか? きっと、反応なんてしないので」
その発言に、ビヒティは険しい視線を送った。
(なんて積極性の無い子だ……)
「分かりました。好きにしてよろしい。ただ覚えておきなさい。何事も挑戦する前に諦めていては、可能性は開けませんよ? 君の人生をより豊かにする為にも、立ち向かう心は必要なのです」
応援しようと思っていた三人も、自ら諦めていると知った事で口を閉ざす。
入学を目指す者達からすれば、この学院はそんな気持ちじゃ通っていけない。試験はそんなに甘く無いと理解していたからだ。
「すいませんでした。でも……僕には属性なんてありませんから、しょうがないんです。触ったら邪魔にならない様に、直ぐに帰りますか
「分かりました。ですが、試験は試験です。両水晶へ手を」
「はい……」
ソウシはまさか怒られるとは思っていなくて少しだけへこんだが、同時に安心もしていた。聖剣アルフィリアを使った時に、属性など全く発現しなかったからだ。
火、水、風、土、無この属性しか無い人族の世界で、自分は選ばれないだろうと考えている。
試験を終わらせ、早く帰る為に仕方なく両水晶に手を伸ばした。
「いきます!」
多少の緊張感から、目を瞑りながら水晶に触れる。
……
…………
………………
両水晶は何も反応しなかった。
「ほらなぁ! もう離していいですか?」
「いいえ。一応規定ですから、もう少し触れていて下さい」
「何も起こらないのに……」
合格した三人は仲間の不合格を確信し、終わったら慰める言葉を考えていた。ーーその直後。
ーーヒイィィィィィィィィィィィィィィィン‼︎
水晶が二つ同時に凄まじい共鳴音を響き渡らせる。音は次第に大きく、激しさを増していった。
「な、何だぁ⁉︎」
「痛いにゃ! み、耳がぁぁあ‼︎」
猛烈に嫌な予感がして、急いで手を離そうとするが、初めてアルフィリアの柄を握った時の様に剥がれない。
「またこれかぁぁぁぁあーー⁉︎」
左手で触れている小水晶は、白い輝きを徐々に増していく。右手で触れている大水晶は、深い深淵を表す様に黒光を収束していた。
ビヒティは顎が外れそうな程に、驚愕の表情を浮かべて膝から崩れ落ちる。
『この世界の人族には、特殊な人物以外に宿せる属性が五属性しかない』
(じゃあ、目の前の少年が放つ白い輝きは何だ⁉︎ 黒き深淵は何なのだ⁉︎)
水晶を凝視しながら、だらだらと涎を垂らし始めた。
「知りたい、知りたい、知りたい、知りたい、知りたい、知りたい、知りたいぃぃぃ!」
知的欲求を刺激され、ビヒティが絶叫する傍らで勇者はーー
「これ、早く何とかしてえぇぇぇ‼︎」
ーー同じく慟哭を会場中に響かせた。
ーーバキイィィィィィンッ!
他の試験会場からも見える程の、相反する二極の輝きを放つと、水晶は魔力に耐えきれずに粉々に砕け散ったのだ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます