第6話 マグル魔術学院入学試験1

 

 王国マグルへ向かう馬車の中、ソウシは上の空で、テレスは生気の抜けた表情をしながら、独り言を呟いていた。

「これは一回に入らない、入っちゃいけない。ノーカウントだよ私……」

 二人共、泣き腫らしたように目が赤い。

 暫くするとつけられたチョーカーを外そうと試みるが、びくともしなかった。


「その封印のチョーカーは、王家の血を引く者のみが取り外せます。普段は十分の一までステータスが封印されており、聖剣も本来の姿で出現させる事は出来ません。ソウシ様が己の意志で『闘いの決意』をした時のみ、チョーカーを装着したままでも封印を解除する事が出来ます。」


 ーー聖騎士長から封印の説明されると、勇者は死んだ魚の眼をしていた。


「単純に恥ずかしいよこれ。なんでこんな目にあうんだ……キスも意味がわからない」

 ガイナスは同じ男として憐憫の目を向けるが、意識を切り替えて説明を続ける。


「えっと、心中は察しますが覚えておいて下さい。『勇者』として、誰かを護ると決意しなければ封印は解けませんからね? あと、貴方が命の危機を感じる程の強敵と対峙すれば、聖剣が応えるでしょう」

「……僕は基本的に平和主義なんですよ? 戦う決意もしないし、命の危険が伴うなら逃げる。ましてや誰かを護るなんて選択肢を選ぶ前に、一緒に逃げますよ……」

「情けない事を言わないで下さい。もう分かっていると思いますが、貴方の力は強大過ぎます。封印を施した所で恐らくAランク冒険者か、それ以上の力を発揮してしまうでしょう。本当に気を付けて下さいね?」

「なら……僕を家へ帰して欲しいです」

 ガイナスは内心溜息を吐いた。正直口から溢れる発言に失望に近い感情を抱いている。だが、王の命に従い言葉を紡いだ。


「そろそろマグルに着きますから、姫様は学院の寮へ戻って頂き、お二人は私の屋敷にお泊まりください。部屋だけは要らぬ程に余ってますからね」


「ありがとうございます。ほらソウシ、いい加減に戻って来なさい? 現実逃避しても何も変わらないわよ。ガイナス様は私達に敬語なんて使わなくていいですよ。気恥ずかしいので」

 ガイナスは穏やかに了承して頷く。姉の言葉に対してソウシは精悍な顔付きで応えた。


「これは現実逃避なんかじゃない! 戦略的撤退だぁ!」

「はいはい。逃げる事に代わりはないでしょうが。ほら、テレス姫を見習いなさい? もうあんなに毅然としてーー」

 セリビアは、姫の方を向いて言葉を途切らせる。


「あははっ……これはきっと夢なの。眠れば全てが元通りになるのよ。さっきのは妖精さんが見せた幻なんだわぁ?」

「ーーないわね、見事に現実逃避してるわ。二人揃って何なのあんた達は……」

「きっと時間が解決してくれるでしょう。さぁ、そろそろ城門が見えてきます。私達は別の入り口から城下町に入りますので、そのまま学院の寮へ姫様を送りましょう」


 その後、魔術学院の寮にテレスはふらふらと戻っていった。王族といえど、学院生である以上は寮に暮らすのだと兄弟に説明される。

 他国からの魔術留学生も含め、生徒が千人近く在籍しているマグル魔術学院。ーーその実、成績によるクラス分けで暮らす寮のランクが変わるという、独自の格差社会を築いていた。


「いい暮らしがしたければ、知識と実力を身に付けよ」

 学院の伝統に従い、学年を問わず切磋琢磨して実力を高め合っているのだ。

 ソウシは馬車の中でその説明を聞き、余計に山に帰りたいオーラを全開で噴き出していたが、飄々と無視されている。


 __________


 暫くしてガイナス様の屋敷につくと、五人のメイドが出迎えてくれた。みんな若くてとても美しい人達だ。

(なんで、こんなに綺麗な人達がメイドなんだろう?)

 僕は疑問に思い尋ねた。するとーー

「不思議な事にメイドを募集した所、選考会が行われてこの者達が選ばれたようですよ?」

 答えてくれはしたが、ガイナス様はまるで他人事の様だった。ーーイケメン死すべし。


 テレスに聞いたんだけど、王国でもモテまくっているこの金色の長髪を垂らした美麗な男は、『聖騎士長』という地位も含めて、様々な貴族の令嬢から狙われているのだ。

 しかし、本人は堅物のため剣術以外に興味が無い。年齢は間もなく三十代になるのに、恋愛はからっきしと有名らしい。


 僕達がメイドに案内されて通された部屋は、豪華な陶器や彫像が置いてあり、高級な羽毛が使われていそうな天蓋付きベッド、高価そうな絵画が壁にかけられていた。こんな部屋生まれて初めて見る。


「こ、この部屋を僕達が使っていいの⁉︎」

 山育ちの僕達は驚きを隠せないでいた。すると、ガイナス様は微笑みながら更に驚くべき言葉を発する。


「急な話ではありますが、明日からソウシ君の入学試験が始まりますからね。ちなみに『勇者』として学院に入学している事を知る者は、ごく一部の僅かな者のみです」


「えっ⁉︎ いきなり過ぎないかな! 心の準備が……」

 僕の些細な抵抗は無意味だった。サラリと躱されて説明が続けられる。


「学院でのサポートは王よりテレス姫に命じられています。私は騎士の仕事もありますから、適任ではありませんしね。事情を知っている学院長は聡明なお方です。きっと力になってくれるでしょう」

「うん。それを聞いても不安しかないんだけど。ーーお姉ちゃんはどうするの?」

「私は自分が住む家と仕事を探しに行くわ。その間はガイナス様のお世話になるけど、いつまでも頼ってはいられないしね」

 ガイナス様は態とらしく咳き込むと、お姉ちゃんを見つめ出した。


「セリビアさんが望むのであれば、私はいつまでもこの屋敷にいて貰っても構わないのですがーーごにょごにょ」

「えっ? 今何か言いました? 声が小さくて聞こえなかったんですけど……」

「い、いえ、何でもありません。では、食事の時間が来たらお呼びしますね」

 ガイナス様は、そのままメイドへ食事の指示を出しに向かった。残された僕はお姉ちゃんに肩を掴まれる。


「ソウシ、明日からは今までの様に私が傍にいる事は出来ないわ。一人でもしっかりと頑張るのよ?」

「うん……知らない人と話すのは苦手だけど頑張ってみるよ。虐められないかな? 入学試験ってどんな事するんだろう?」

「あとでガイナス様に聞いてみましょう? あぁ~、私もここのメイドとして雇って貰えないかなぁ?」

 僕は姉の台詞を聞いて呆れた表情を浮かべた。

(多分、頼めば二つ返事でメイドの仕事が決まるんだろうなぁ)


 __________


 それから暫くしてソウシ達は食堂に案内される。美しいメイド達が作った人生で食べたこともない豪華な夕飯を味わった。兄弟は不覚にも涙を堪え切れない程感動し、無言で幸せを噛み締めている。

 その姿を見たメイド達は、蔑む視線を送る所か優しい眼差しを向けていた。


 テーブルマナー等がわからない時は、そっと次に使う食器を寄せてくれる有能さを見せ、二人を更に感心させる。


「明日からもここに住めるのかぁ~! なんか僕頑張れるかもしれない! ありがとうガイナス様!」

 ソウシが満面の笑みを浮かべて喜んでいると、ガイナスは不思議そうに首を傾げた。


「あれ? 言っておりませんでしたか? ソウシ君は学院の寮で、テレス姫と同室で暮らすのですよ。王からの命令に、その事柄も入っておりましたので……」

「「えっ? 今なんて⁉︎」」

 兄弟は声を揃え、自分の聞き間違いかと再度問い掛けた。


「はい。明日からソウシ君はテレス姫と暮らすのです」

「……聞き間違いじゃなかったか。弟が遂に男になるのね? お姉ちゃん、なんか寂しい……あれ?」

 セリビアは、ショックから石化している弟の顔前を掌で仰ぐ。


「はっ⁉︎」

 ソウシは意識を覚醒さえた瞬間、勢い良く立ち上がった。


「成人した男女が共に暮らすなんて、よくないと思います‼︎ 不純ですよ‼︎」

「いえ、学院では普通の事ですよ? 寧ろ二人部屋というのは、他の寮生に比べたら優遇されていますね。今までは希望者がおらず、テレス様が一人で暮らしていましたから丁度いいとのお達しでした」

「テレス姫が嫌がるに決まっているでしょう⁉︎」

 ソウシが声を張り上げ抗議すると、ガイナスは首を横に振る。


「姫様は王の命に逆らうような事は致しません。だからこそ、王も娘としてだけではない信頼を置いているのです。王位継承権は確かに三位ですが、他の兄達に比べて才に溢れていますからね」

「僕は自分が殺される場面しか思い浮かばないよ……」

 そんな最中、セリビアが弟の肩に軽く手を置いて、生暖かい視線を送った。


「無理矢理はだめよ? ちゃんと優しくするのよ?」

「いやいやいやいや、何の話をしているんだよお姉ちゃん⁉︎ 寧ろ僕が優しくされたいよ!」

『勇者』はこの時ある決意をしたのだ。悪企みを閃いた子供の様に、嬉々として心の中で小躍りしていた。


(明日からの試験を落ちちゃえばいいんだよ! なんでこんな簡単な事思いつかなかったんだ! ふっふっふ! 残念でしたね)

 無邪気に笑いながら、取り敢えず食事を楽しむことにする。


 その様を見ていた聖騎士長は、ソウシの心を読んでいるかの如く達観した顔をしていた。

(そう都合よく物事は進まないのですよ? ーー残念でしたね。これは明日まで黙っていよう)


 様々な思惑が交錯する中、魔術学院での試験が始まる……

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