第5話 封印されし勇者

 

「やばぁぁい! 姫様と聖騎士様の剣なんて、一体幾らするんだ⁉︎ 十五歳にして僕は借金を負うのか……いやいや、落ち着け僕よ。焦ってはいけない、諦めたら試合終了だ。勇気を出して聞いてみよう。頑張れ僕! 負けるな僕‼︎」

 ソウシは独り言を呟きながら、ゆっくりと馬車へ向かう。

 ガイナスは、己が避けなければならない程の『勇者』の膂力に感嘆しつつも、愛剣が粉々になっている姿を見て沈痛に身を伏せた。


「ガイナス。あの剣はお父様に貰った宝剣で、神の鉱石ルーミアを少しだけど使っていますの。折れたどころか、粉々になりましたなんて説明出来ないですよ。どう致しますの?」

「そうは言われましても……まさかあそこまで凄まじい力を持っているなんて予想出来ませんよ。一緒に王に謝りましょう? 壊したのが勇者で良かったですね。本当に……」


「それにしても……あれ程強大な力を有していたら、危なくて学院になんか通わせられませんわ。やっぱり『封印のチョーカー』を使うしかないですね」

「問題は、どう説明するかですが……セリビア様の力を借りますか?」

「ん? 私?」

 いきなり名前を呼ばれたセリビアは、一体何だと首を傾げる。


「何をするつもりなんですか? 私に出来る事なら協力しますけど」

「このチョーカーをソウシ様の首に付けて欲しいんですの。聖剣の力を封印してくれる魔導具ですわ」

「危ないものでは御座いませんよ。ただ、十字架がなんというかその……女性モノにしか見えないというか……少なくとも私は着けたくないですね」

「どんなものか見せて貰っていいかしら?」

「えぇ」

 テレスは小箱から、綺麗な青い宝石が埋め込まれたクロスチョーカーを取り出した。


「わぁ~可愛いなぁ。私が欲しいくらいだよ! 成る程……これはソウシなら嫌がるなぁ。目立つの嫌いだから、こんな宝石がついたアクセサリーなんか絶対につけたがらないわ」


 ーー姉の意見を聞き、二人はそうだろうともと、しみじみ頷く。


「作戦を考えませんと。何かいい案はありますか?」

 テレスの問い掛けに対し、自信満々の様子でセリビアが挙手した。


「はい! あの子はね、女性に対して免疫が無いんです。だから姫様がキスすれば、石の彫刻の様に固まる筈。その隙にチョーカーを着ける!」

「……セリビア? あんた一国の姫である私の唇を何だと思ってんのよ⁉︎ 真面目に考えろ!」

 姫の怒声にショックを受け、提案した本人は膝から崩れ落ちる。


「し、真剣に考えたのに……」

 一方、ガイナスは脳内で対象をセリビアに変換し、妄想して真っ赤になっていた。


「姫様、何も本当にキスをしなくても良いのでは? セリビア様が言いたいのは、誘惑して気を引けという事でしょう」

「それよ〜、流石ガイナス様! 素敵!」

「いやいやお恥ずかしい。セリビア様の為ならフォローなど幾らでも致しますよ?」

 二人は暫く見つめ合うと、頬を染めて俯く。まるで付き合ったばかりの恋人の様にチラチラと視線を交えていた。


「コホンッ! まぁ演技だけならいいですわ。しっかりチョーカーを着けて下さいね? ガイナスは慣れてなくて失敗しそうだから、ーーセリビアにお願いします」

「お任せ下さい! 絶対に失敗しません!」

 テレスは何故か張り切りながら敬礼する姿を見て、猛烈に嫌な予感がしていた。

(本当に信じて大丈夫かしら……)

 するとそこへ、申し訳無さそうに砕けた剣の柄を持ったソウシが歩いて来る。


「あのっ、剣を砕いてしまって、そのっ、ご、ごめんなさい! 頑張って働いて弁償しますから!」

 土下座する少年に、テレスは作戦通りゆっくりと近付いていった。


 しかし、この時少女の脳内は凄まじく混乱していたのだ。三人で立てたプランには、最大の問題点がある事に誰も気付いていなかった。


 姫は十五歳の生娘であり温室育ち、ーー『誘惑』などした事は人生で一度も無い。


(まずい、まずい、まずい、まずいよ~~! 誘惑? 何それ美味しいの⁉︎ 落ち着け、城の女中達が男なんて胸さえ見せればイチコロって言ってたわね……あぁ~でもまだ会ったばっかの男に見せるなんて、恥ずかしいぃぃ‼︎ ーーってゆーかキスもまだなのに、胸なんて見せられる訳ないでしょぉぉ⁉︎)

 額から滝の様に汗を流しながらも、平静を装う為に必死で脳を回転させる。


(そ、そうか! キスしちゃえばいいのか⁉︎ そうすれば恥ずかしくない! 胸もイケる! ところで、キスってどうやってするんだっけ? 顔を掴んでこう? いや違う……顔を掴んでこうだ! 舌も動かすって本に書いてあったわよね! よしっ、いけ私! 負けるな私ーー‼︎)

 テレスは焦燥感から混乱の坩堝に落ちた。問題点が別次元にすり替わっている事に気付いていない。土下座するソウシの顔を両手で掴み、一気に持ち上げる。


 セリビアは背後に回りチョーカーを構えた。ガイナスが右手でタイミングを計り合図を送る。


「どうしたの姫様? もしかして許してくれるの? ーーえっ?」

 徐々に顔が近付いて来て、一体どうしたのかと困惑する少年の唇に、勢い良く少女の唇が重ねられた。

 更に舌が口内に入ってきて暴れるように動き絡まる。ロマンチックな雰囲気など何も無く、まるで獣の如き荒々しさに満ちていた。

 傍目からは、姫が勇者を襲っている様にしか見えない。


「んむぅぅぅ⁉︎」

(な、何が起こってるのぉぉぉぉ‼︎)

「えっ? あれ? ソウシ?」

「えっ? あれ? 姫様?」


 演技どころか、自分達ですらした事が無い程に熱いキスを繰り広げる二人を眺め、セリビアとガイナスはーー

(演技? これ演技じゃなくね?)

 ーー脳内で猛烈なツッコミを入れる。


 一分後、呼吸の仕方が分からず苦しさから唇を離した二人は、お互いを柔和に見つめながら微笑み合った。


 現実逃避から元に戻ったその瞬間ーー

「「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー‼︎ いやあああああああっ‼︎」」

 ーー二人は綺麗に絶叫をユニゾンさせて、地面に倒れ込み気を失った。

 セリビアは、現状を受け入れながら二人に近付くと、ソウシの首にチョーカーを装着し、軽く頭を撫でながら生暖かい視線を向けて囁く。


「そっかぁ。男の子だもんね……」

 その光景を見ていた聖騎士長は、王に一体なんて説明したらいいんだと黄昏ていた……


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