第4話 運ばれていく僕。

 

「お願いです神様……『村人』と『勇者』を代えて下さい。お願いですから……」

「神様にお祈りしてどうしたの? 妙に哀愁漂ってるわね」

「そうだ……僕を『勇者』に選んだのが神様なら、祈っても意味は無いじゃないか!」


 ソウシ達はテレス姫を乗せた馬車に同乗して山を下っていた。隣にはガイナスもいる。


「辛気臭い顔をしないでくださる? 見てるこちらまで暗くなりそうですわ」

「……じゃあ、僕を家に帰しておくれよ」

「それは駄目ですわね、だってお父様に頼まれた仕事ですもの」

「そもそも、何でこのタイミングで来たのさ。一週間は放って置いてくれたのに……」

 姫は説明が面倒くさいのか、顎で扱き使う様に聖騎士にパスする。


「ソウシ様、我々は本来慎重にコンタクトを取るはずだったのです。議会でも言い争いになっていましてね。ただそんなある日、山から凄まじい光の柱が昇ったかと思えば、大地の一部が真っ二つに裂けているではありませんか。国中大慌てになり、王が急遽私とテレス姫に勅命を下したのですよ」


 その説明を聞いた事件の張本人は、馬車の窓から己の住んでいた山を見つめると同時に青褪めた。家がある場所の右側から真っ二つに斬り裂かれ、木々や大地が割れている。


「アルフィリアはヤバイ。絶対使っちゃ駄目なやつだ……言われるまで気付かなかった」

 セリビアも同じく山を見て驚嘆したが、別の意味で瞳を輝かせている。姉と弟のリアクションの差が激しい。


「じゃあお願いがあります! せめて住む所はお姉ちゃんと一緒にしてください!」

「えっ? ーー駄目よ。私は一人で王国暮らしを楽しみたいわ。恋人も見つけたいし……ね?」


「……お姉ちゃんさぁ、『家族の絆』と『初めての恋』ならどっちが大事なのさ……」

「初めての恋であります! サー!」

「なん……だと⁉︎」

「いやぁー、ソウシも十五歳で一人前の成人になったのよ? しかも勇者なんて大層な存在でしょ。私は年齢的にもそろそろ相手を探さなきゃ拙いしねぇ」

 絶望する弟と、新たな生活に胸をときめかせる姉の会話へ、突如聖騎士長が割り込んだ。


「セリビア様は大変お美しい方だ。お相手は直ぐに見つかるでしょう。同じ男としては、少々妬けますがね」

 その発言を聞いたテレスは素の表情に戻り、雑な言葉遣いを吐き捨てる。


「はぁ? 良く言うわね〜。あちらこちらと毎日の様に告白され続けても、見向きもしない堅物が!」

「し、失礼な! ちゃんと丁重にお断りしていますよ。それにセリビア様を見ていると、なんと言うか不思議な感覚が胸に沸きまして……」

 ガイナスは頬を赤く染める。同時にセリビアは妙な気恥ずかしさに俯いた。


「えっ? 何が起こってるのか教えて姫様?」

「ようはあれでしょ。毒で弱り切った自分を助けてくれた騎士と、あんたのスキルから命を救ってくれたお姉さんと、互いに一目惚れってやつじゃないのーー?」


「何それ? なんでお姉ちゃんがガイナス様を救うのさ」

「あんたがそれを言うか⁉︎ 私でさえ死ぬかもって、ちょっとだけちびったのに……ちょっとだけ」

「何? 最後の方小さくて聞こえなかったよ。もう一回言って?」

「言うわけ無いだろがー‼︎」

 恥ずかしさを誤魔化す為に、耳を傾ける少年へ向かってテレスは殴り掛かる。

「ひっ! やめてよぉ」

 怯える言葉とは裏腹に、姫が勢い良く振り被った拳は頭部に当たると、まるで鉱物を殴りつけたかの如く弾かれた。


 ーーあまりの激痛から悲鳴を上げる。ソウシは何が起こったのかわからず首を傾げた。

「痛ったあぁい‼︎ 何なのその石頭!」

「あれ? 全然痛くないや」

 その様子を見て、ガイナスが推測を口にする。

「恐らく、ステータスが高すぎてダメージを与えられていないのでは? 先程姫様が蹴った時も、転がされてはいましたがダメージは無かった筈です」


「確かに痛くは無かったかも……」

「何それ? 無敵じゃない。私は魔力で身体能力を高めているから、物理ダメージも普通より高い筈なのよ」

 テレスは人外の存在を見つめるかの様に目を細める。ソウシは焦りながら目を逸らした。


「僕にもよくわからないんだよ!」

「それもそうだけど、これは問題ね。」

「……確かにそうですね。技術の向上に傷みは伴います。それを一切感じ無いのでは、今後の成長に支障をきたすでしょう」

 ソウシは二人の言葉が理解出来ずにいた。

(痛く無いことの何が悪いんだ?)

 その弟の様子から、何も理解出来ていないのかとセリビアは溜息を吐き、分かり易く自分なりに説明する。


「あのね。二人が言ってるのは、我が家のスープを初めてソウシが作った時の事よ。思い出してごらんなさい?」

「初めての我が家のスープ? ーーあぁ、不味かったなぁ」

「失敗や痛みから学んで人は成長する事もあるの。それを聖剣のステータスが常に守ってちゃ、その機会を逃してしまうでしょう?」

「でも、僕成長する必要が無くなっちゃったよ。ステータスも最大だし」

 その発言を聞いた姫と聖騎士は、見つめ合って静かに頷いた。


「馬を止めなさい!」

 テレスの命令で馬車が急停止すると、ガイナスが扉を開き外に向かう。草原が広がる拓けた場所で、ゆっくりと己の愛剣を抜いた。

 姫は相槌を打つと、己の剣を勇者に受け渡す。

「えっ? 突然なんなの?」

 ソウシは左右に顔を振って困惑するが、セリビアには意味が理解出来ており、応援する様に肩を叩いた。

「その剣を持ってこちらへ!」

「えっ? あっ、はい……」

 呼ばれるがままに馬車を降りて向かう。

「では、剣を抜いて構えてください」

「僕に攻撃をしてもダメージはありませんよ? これに一体何の意味が……」


 ーー剣を構えたのを皮切りに、ガイナスは駆け出すとソウシの持つ剣の柄を狙い弾き飛ばした。


「おぉーー!」

「……いいから拾いなさい」

 剣を拾い不恰好に構えると、再び剣を弾き飛ばして拾えと騎士は命令する。

 ソウシにはこの無駄なやり取りの意味がわからず、何も考えないままに繰り返していると、ガイナスは悲しげな表情を浮かべた。


「まだわからないのですか? 普通の人なら、今のやり取りで剣を弾き飛ばされた回数だけ命を落としているのですよ? 貴方は一体何回死ねば気がつくのですか?」

 聞かされた答えに身震いした。聖剣の加護が無ければ、最早致命傷を負っていて当たり前だという感覚が、完全に麻痺していたのだ。

 一週間前には持っていた、生物としての危機感が無くなっている事に漸く気付く。


「例えば、ステータスを減少させる魔導具を使われたら? 敵の攻撃力が貴方の防御力を上回ったら? ちなみに私はその防御を破る奥義を持ち合わせています。だからテレス姫は私に命令したのですよ。貴方に危機感を持たせろと」

「……すいません……でした」


「いえ、学んだ事さえ忘れず、己の腕を磨けば間違いなく最強の『勇者』になれる! さぁ、授業の締め括りです。思い切り私に剣を叩きつけてきなさい! ステータスだけじゃ到達出来ない境地を、しっかり見せてあげましょう!」

 ソウシは素直に胸を打たれた。

(この人は山育ちの僕が出会った事がない、格好いい大人だ!)

 流石は聖騎士長だと尊敬の視線を送ると、真剣に剣を構えた。


「うおおおおおおおおおおおおーーっ‼︎」

 勇者は躊躇いを振り切り、本能のままに雄叫びをあげる。まるで隕石が降ったかの如き青光を纏い、上空から斬りかかった。

 その斬撃は予想以上の破壊力を秘めており、ガイナスは焦燥感を抱くがーー

(えっ? あれを受けたら私……死ぬんじゃないですかね)

 ーーしかし聖騎士長のプライドが逃走を許さない。剣を両手持ちに変えて最大奥義で迎え打とうとするが、何故か蒼炎を見つめていると、己の修業時代の走馬灯が流れ出した。生存本能から剣を捨て去り、全力で横っ飛びしながら馬車へ叫ぶ。


「馬を出せえぇぇぇ! 離れろぉぉぉ!」

 その悲鳴の直後、爆発音を轟かせながら大地は割れ、地震を巻き起こした。揺れが収まった後に一同が見た光景は、クレーターを作り上げ、その中心に佇む勇者の姿。

 余りの強大な力に一同は生唾を飲み、畏敬の念をその瞳に焼き付けている。


 一方ソウシは、姫様と聖騎士長の剣を粉々に砕いてしまい、弁償金額を考えて一人慌てているのだった……

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