第2話 大地を斬り裂くは聖剣の一撃

 

 この世界は人族の大陸『ミリス』と、魔獣を操る事が出来る魔族の大陸『ボロム』の国々が長年戦争をしている。王国マグルの領地内の山に住んでいる僕達には、決して無関係な話じゃ無かったんだ。

 余り覚えてないんだけど、セリビアお姉ちゃんと僕が昔暮らしていた村も、十年位前に魔獣の群れに襲われて滅ぼされたって聞いた。僕達だけが助かったって。


 ーーその時の事は何故か詳しく教えてくれなかった。

 それから、お姉ちゃんが幼い頃に亡くなった本当の両親と暮らしていたこの山家に戻って、二人で暮らし始めたらしい。幼くてうろ覚えな記憶。

 僕にはお姉ちゃんしか家族がいないから、このまま一緒にのんびり暮らしていければ良かったのにな……


 __________



『聖剣』が『勇者』の身体に宿って一週間が経った。何事も起きない日常に安堵し、平静を保っている。


「平和が一番だねぇ〜」

「そうねぇ。一週間前の舞い上がってた私に言ってやりたいわ……ソウシはソウシだって。勇者になっても何もしないし変わらない。本当にこれでいいのかなぁ〜?」


「いいんだよ。僕はお姉ちゃんとのんびり暮らすんだから!」

「まぁ薪割りのスピードが早くなって助かる様になったけどね。ーーそれより狩りもしなさいよ。肉が食べたく無いの?」


「怖いから狩りは無理だよぉ……今まで通り罠を設置して慎ましく頑張ろうね」

「聖剣で狩りをさせるのも何だか罰当たりな気がするし、ソウシが臆病なのは変わらないしねぇ……」

「その通り! さすがお姉ちゃん、よくわかってるぅ!」

「威張って言わないの。馬鹿弟!」

 そんな他愛も無い会話をしながらのんびり寛いでいると、家のドアが「コンコンッ」っとノックされた。

 こんな山奥に人が訪ねてくるなんて何かの気のせいかと思ったが、セリビアは一応ドアを少し開いてみる。


 ーー其処には額から血を流し、腕を抑えた二十代の男が立っていた。


「す、すみません! お願いします助けて下さい! 仲間がぁ!」

 兄弟は驚きつつ、急いでドアを開くと男に駆け寄った。

「一体、どうしたんですか?」

「狼の群れに襲われて命からがら逃げた出した所に、何故かトラバサミの罠が仕掛けられていて、仲間が罠に引っかかり動けないんです! 助けるのを手伝って頂けませんか? お願いします!」


「それって、まさか……」

 二人は見つめ合い、深く頷いた。真実をいちいち口にする必要は無いのだ。


「こ、こんな山奥に罠を仕掛けるなんて酷い奴もいたもんね!」

「う、うん! 僕らが知ってれば解除してたのになぁ!」

「勿論よ。さっさと助けに行きましょうか!」


「おぉ……本当にありがとうございます! この恩は必ず返しましょう! さぁ、こっちです!」

「う、うん……」

 ソウシは何故か嫌な予感がして気が進まなかったが、自分達が仕掛けた罠に本当に引っかかったなら助けなければと思い我慢した。

 血を流していた男は、先程とは見違える程に足取りが軽い。不思議と表情にも余裕が見られた。ある程度歩き、そろそろいつもの罠を仕掛けているポイントだから警戒しようとしたその瞬間ーー

 ーーガチンッ‼︎

「……えっ⁉︎ きゃぁぁぁあーーっ!」


 まだ先にある筈の罠に突如セリビアの足が噛まれる。激しい痛みから堪えきれずに悲鳴を上げていた。

「お姉ちゃん! 一体何でこんな場所に罠があるの⁉︎」

「はははっ! やってやったぞ! こんな手に引っかかりやがった馬鹿がぁ〜! 来い野郎ども‼︎」

 前方を歩いていた男は、右腕をセリビアの首に廻して引きずり上げると愉快に嗤う。

 すると、背後からゾロゾロと革鎧を纏った山賊が十人程現れて、一斉に笑い出した。


「まさかこんな上手くいくなんて、笑いを堪えるのに必死だったぜお頭〜?」

「早くこの女を寄越してくれよぉ! 久しぶりの上玉だぁ!」

「馬鹿野郎。俺が先だろうが! この前カードで勝ったのは誰だ?」


 ーーセリビアは痛みに呻きながら、懸命に叫ぶ。

「に、逃げなさい! 臆病なあんたが何とか出来る訳ないでしょう⁉︎ 私は自分で何とかするから走りなさい‼︎」

 足をガクガクと震わせながら、ソウシは振り返り逃走しようとした。そこへーー

「おいおい。お姉ちゃんを見殺したぁ、ひでぇ弟だな? いいぜ。見逃してやるから逃げろ逃げろぉーー!」

 ーーお頭と呼ばれた二人を騙した男は愉悦に浸りながら、嬉々としてセリビアの胸を揉みしだく。その姿を首だけ振り返って見つめ、ソウシは唇を噛み締めた。


『それで良いのよ……』

 セリビアはアイコンタクトで意志を伝えてくる。

 姉の想いを痛い程理解した瞬間、ーー弟は野盗の前に立ちはだかり必死に泣き叫びながら咆哮した。


「お、お姉ちゃんを離せ! 今なら許してやる。ぼ、僕は『勇者』なんだぞ! きっと強いんだぁぁ!」

 その台詞を聞いた山賊達は目を丸くし、呆然とした表情を浮かべ首を傾げる。一人が吹き出したのを皮切りに、一斉に笑い声が山中へ響いた。


「あはは、あはははははははははぁっ‼︎ 腹痛ぇ〜! お前が勇者なら俺は魔王だよ馬鹿が!」

 眼前で震える矮小な存在をビビらせてやろうと、山賊達はそこら辺に落ちた石を投げつけるが、ーー身体に当たった直後に石は粉々に粉砕された。


「なんだぁ?」

 自分達の思い通りの結果にならず苛ついた山賊は弓を構え矢を射る。別の者はナイフを投擲した。

 しかし、それらの攻撃は全て身体に弾かれ折られていく。ソウシは無意識に圧倒的なステータスの差を見せつけていた。


 ーー最早ダメージにカウントすらされないのだ。


 流石に『何かがおかしい』と気がついた山賊達は、慌てて武器を構え始める。その間ずっと俯きながら、『勇者』は絶対に使いたく無かった力を解放するか悩んでいた。しかし……今は姉を守る時だと決意する。


「……お願い。来て? 『聖剣』アルフィリア!」

 ソウシの身体が宙に浮かび上がり、胸部から青白く輝いた『聖剣アルフィリア』が顕現すると、涙を流しながら剣の柄を両手で握り、上段に構えて咆哮を轟かせた。


「お姉ちゃんを……離せえええええええええええええええええーーっ‼︎」

 一気に振り下ろされた聖剣から、極大の青白い閃光が放たれる。衝撃波を巻き起こし、木々は抉られ、大地は破れた。その勢いは止まらずに山の一部を真っ二つに斬り裂く。


 山賊達とセリビアのいる位置を少し外して、圧倒的な剣閃は全てを飲み込み灰燼と化した。その光景は当然見る者を恐怖に落とし込む。

 ーー逆らってはいけない。

 ーー手を出してはいけない。

 ーー戦うなど以ての外だと一撃で理解させられる程の膂力。


「ひゃああああああああああああああああああああ! 化け物だああああああああああああああーーっ‼︎」

 山賊達は武器を放り投げ、一斉に散り散りになり逃げ出した。

 セリビアは解放されてその場に倒れ込みそうになるが、ソウシが一瞬で目の前に現れて支えられる。薄れゆく意識の中で、ーーそっと呟いた。


「ありがとうね……私の泣き虫勇者様……」

「う、うわあああああああん‼︎ 守れた! お姉ちゃんを守れたよぉ〜〜‼︎ 良かったぁ〜お姉ちゃああああああああああん‼︎」

 弟は赤子の様に泣き喚きながら強く、力強く姉を抱きしめる。しかし、ステータスの上がったその抱擁は生半可な力では無かった。


「ぐ、くるじぃ……し、死ぬぅ……」

 自分の持つ圧倒的な力のせいでとどめを刺し、失神させたことに気づかぬまま勇者は泣き続ける。

 だが、胸元に寄り添うセリビアの表情はどこか微笑んでいるように見えた。


(泣き虫な弟が守ってくれたのだから、笑ってあげなきゃね)

 聖剣により刻まれた大地への傷跡に気付かぬまま、兄弟は涙を流して抱きしめ合っていたのだ……


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