【第1章 変わりゆく日常と魔術学院入学試験】

第1話 忘れ去られた錆びた剣が、実は『聖剣』だったなんてあり得ない。

 

 ソウシは走った。姉の手を握ると神殿から抜け出し、全力で王国マグルの街中を駆ける。


「はぁっ、はあっ! これは何かの間違いなんだ。僕は山で静かに平和に暮らすんだ!」

 セリビアは走りながらも穏やかに、そして少し悲しげな口調で語りかけた。

「そう。貴方も遂に旅に出るのね……えへっ! なんだか寂しいなぁ。でもしょうがないかぁ……男の子だもんね?」


「ストーップ! ねぇ、旅になんか出ないよ? 家に帰るだけだよ! さっきからこっちを見る目がなんか輝いてるけど、僕のステータスなんてオール10だからね? 絶対『村人』の間違いだってばぁ!」


「えっと、ーーそうそう剣を用意しなきゃね。お金が足りないから、とりあえずソウシ様を拾った時に一緒に籠に添えられてた剣を渡すか。でも錆びすぎてて売れもしなかったから、一体何処にしまったっけなぁ……服も新調しなきゃ! 勇者にボロい格好はさせられないしね!」


「ダメだ……とりあえず落ち着いてくれないと話が通じない」

 ソウシは内心動揺していたが、城門の衛兵に平静を装いつつ挨拶し、検問の為身分証を提示するとーー

「あ、貴方様がそうでしたか! 握手してください!」

 ーー突然握手された。態度から心当たりはあったが、まだ神託を受けてから間もないのに一体何故だと首を傾げる。


 ーーそこへ、風に吹かれた一枚のチラシが目に飛び込んできた。


 __________


 聖戦の『勇者』現る!

 その名はソウシ‼︎

 魔王や邪神を倒す為に選ばれし者!


 皆、神に感謝を! 世界に唯一人の『勇者』ソウシ! かの者を讃えよ!


 __________


「ちっがあああああうっ‼︎ あの神官動くの早すぎだよ! 元々知ってたんじゃないかって位にビックリだよ⁉︎ ヤバイ……早く山に帰らなきゃ外堀から埋められてく気がする……王様とか姫様とか出て来たら絶対アウトだ‼︎」

 チラシを見つめながら『トロンッ』と垂れ目で蕩けているセリビアの手を再び握り、全力で山中にある家へ帰った。


「お姉ちゃん……いざという時は僕と違う国へ逃げてくれないかな? きっと幸せにしますから! お願いします!」

「意味がわかりませんわ。貴方はこの国、ーーいや世界の英雄と成られるべき『勇者』! 逃げる必要などないのです!」

「はぁっ……駄目か、まだ話が通じないよ。とりあえず今日は疲れたし明日話そっかぁ。おやすみお姉ちゃん」

「旅の支度は私に任せて、ゆっくりとお休み下さいソウシ様」

(だから旅になんか出ないっつーの!)

 ソウシは何故か敬礼している姉を薄めで見つめながらベッドへと向かう。


「目が覚めたら夢でありますように」

 只管それだけを願いながら、ゆっくりと眠りについた。


 __________


 翌日、目を覚ましてからステータスを確認する。


【名前】

 ソウシ

【年齢】

 15歳

【職業】

 勇者

【レベル】

 1

【ステータス】

 HP 210

 MP 16

 力 10

 体力 10

 知力 10

 精神力 10

 器用さ 10


【スキル】

 闇▪️▪️▪️

【称号】

 選ばれし勇者


「やっぱり現実かぁ〜‼︎ なんかよくわからないスキルまで増えてるし……一体これからどうしよう……」

 ソウシは認めたくない現実を受け止めきれずに肩を落として項垂れるが、とりあえずお腹が減ったので気持ちを切り替えた。

 ベッドから起き上がり、何故かメイド姿に変わっているセリビアと簡易な朝食を食べている最中、視界に見たくない『モノ』が映る。


「ねぇお姉ちゃん。あれって……もしかしなくても僕の剣?」

「そうですよ! 庭の倉庫から引っ張り出してきました。私達が初めて出会った時に、赤子の貴方様と一緒に置かれていた剣です。きっと何か意味があるんですよ!」


「限界まで錆びてて武器屋に売りに行ったら、一銀貨にすらならないって断られたじゃないかぁ。寧ろ捨ててない事に驚いたよ」

「ーーうっ! 確かに前触った時も、何も起こらなかったですしねぇ?」

「でしょ? 職業が『勇者』になったからって剣まで特別なんて美味い話がある訳無いよ。倉庫に戻しておくからね」

 姉の残念そうな視線を無視して、弟は椅子から立ち上がり、ボロボロに錆びた剣の柄を掴んで持ち上げた。


 ーーヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィン‼︎

 突如、錆びた剣からまるで共鳴するかの様な音が鳴り始めて鼓膜を刺激する。

「な、何⁉︎ この剣、手から離れないよ‼︎ 助けてお姉ちゃん!」

「助けてって言われてもどうしたらいいのか分かんないよ! なんかヒビ割れてない? もしかして折れるの?」


 ーーピシッ、ピシピシッ、ーーパリィィィィンッ!

 剣の錆が剥がれると、中から青白い光を放つ輝いた剣身が現れた。シンプルなのに何処か視線を惹きつける紋様を彫みつけたその姿は、美しい魅力を感じる程に神々しい。


「キャアアアアアアアアアアアアアアーーッ! ほらほら! 『聖剣』きたぁぁぁぁぁぁあ!」

 セリビアはバンザイしながら、感涙と共にはしゃぎまくっている。

 一方真逆のリアクションをとるソウシは、そんな馬鹿なと顎が外れそうなほど驚愕していた。


『聖剣』はそのまま青白い燐光を放ちながら、『勇者』の胸元に吸い込まれて消えていく。

 己の身体の底から迸る様な力の奔流に、猛烈に嫌な予感がして急いでステータスを開いた。


 __________


【名前】

 ソウシ

【年齢】

 15歳

【職業】

 勇者

【レベル】

 1

【ステータス】

 HP 9999

 MP 9999

 力 9999

 体力 9999

 知力 9999

 精神力 9999

 器用さ 9999


【スキル】

 闇▪️▪️▪️

 聖剣召喚


【称号】

 選ばれし勇者

 聖剣を宿す者


 __________


「あはっ、あははははっ! 誰か……本当に勇者代わって下さい……オネガイ……」

 口元をヒクつかせながら、床に倒れて気絶する。セリビアは只管隣でバンザイし続けていた。


 今はまだこのあと待ち受ける運命を知らずにはしゃぐ姉と現実逃避する弟の二人。

 運命は望まぬまま、日常の終わりへと近付いていく。


 世界は『勇者』を放っておきなどしないのだから……

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