泣き虫勇者の英雄譚〜職業村人を望んだ少年の夢は叶わない〜
武士カイト
【第0章 誰か勇者代わって下さい。】
プロローグ 『勇者』に選ばれた日
僕は部屋の天井を眺めながら、深い溜息を吐いた。負のオーラを撒き散らし、膝を抱えて丸まっている。
「あぁ、絶対何かの間違いだよぉ。やり直したい、気が重いよぉ……」
「まだそんな事を仰っているのですかソウシ様? いい加減認めましょうよ」
何故か昨日からセリビアお姉ちゃんは家でメイド服を着ている。ーーどこにあったんだよ。まさか買ったのか? フリルが沢山付いていて、長い金髪を三つ編みに纏めていた。
弟の僕から見てもお姉ちゃんは綺麗で胸が大きく、スタイルもいい。恋人がいないのは、山で暮らしてるから出会いが無いだけだと正直思う。
「様をつけるのも、その聞き慣れない喋り方もやめてよ!」
「あらあら。じきに慣れますわ」
「はぁっ……」
僕はもう一度深い溜息を吐きながら、昨日の出来事を思い出していた。
__________
「ソウシ行くよぉー? 早くしなさい!」
「待ってよぉ! すぐ行くから!」
「昨日あれほど準備しときなさいって言ったのに!」
「だって緊張して寝れなかったんだもん……人が多い所は怖いよ」
「はいはい、私がついてるから大丈夫よ!」
「はーい……」
今日で年齢が十五歳になったから、セリビアお姉ちゃんと久しぶりに山を下りる。王国マグルの神殿で『成人の儀』を受ける為だ。
どうやら職業の適性があると神官様に神託が降るらしい。僕は正直、山暮らしだからといって『山賊』とかは嫌だなぁって緊張していた。
半日かけて神殿に辿り着くと、僕の他にも並んでいた子供は『魔術師』や『騎士』の神託が降った様で、家族と泣きながら抱き合って喜んでいる。
「ねぇ、お姉ちゃんは何の職業だったの?」
「私はそのまま村人よ。言っておくけど家系に特殊な職業の人が居ないなら、大抵『村人』や農業系の職業に選ばれるわね。さっきの子達は身なりから貴族なんじゃないかしら?」
「僕はいいと思うけどなぁ『村人』! 目立たないし、穏やかに暮らせるじゃないか」
「本当に欲の無い子ねぇ……誰に似たんだか」
「僕の家族はお姉ちゃんしかいないでしょうが」
「それもそうか、ーーあっ! 順番が来たみたいよ! 行きましょ!」
足取りは重かったけど、大抵の人が『村人』に選ばれると聞いて内心安堵していた。『騎士』や『魔術師』、『商人』なんか真っ平ゴメンだ。国に仕える気も無いし、成り上がりたくも無い。
セリビアお姉ちゃんと山でのんびり暮らすんだ。いつかペットとか飼って、二人で育てるのもいいなぁ。
「降りてこい村人よ! 頼む!」
気合いを入れた後に、僕は神官様の眼前に立った。
「進んで村人を望むとは面白い若者じゃな。成人おめでとう。さぁ、この水晶球に触れておくれ?」
「はい! あの……神託が降った職業は変えられるんですか?」
「ふふっ、神様が決めた職業は変えられんよ。ステータスにも記載されるからのう。心配しなくても大丈夫じゃよ。村人を望む位なら、どの職業に選ばれても驚いたり悲しんだりせんじゃろ?」
神官様は穏やかな表情で微笑んでいる。それでもやっぱり不安だよ。
「本当に心配症なんだからこの子は……姉としては将来困らない職業なら何でもいいのよ? 私とソウシの関係が変わる訳ないじゃ無い!」
僕の心配を取り除く様に、お姉ちゃんは頭を撫でてくれた。掌が暖かくて気持ち良い。
「そうだよね! どんな職業に選ばれても僕達の生活は何も変わらないよね。じゃあ神官様、そろそろお願いします!」
水晶球にそっと手を触れた。やっぱり何故か嫌な予感がして、眼を瞑り祈る。
(騎士は嫌だ騎士は嫌だ騎士は嫌だ騎士は嫌だ騎士は嫌だ騎士は嫌だ騎士は嫌だ騎士は嫌だ騎士は嫌だぁぁぁぁあーー!!)
「「…………」」
なんか静かだなぁ。もう結果は出ちゃってるのかな。
(村人きたか?)
「嘘、じゃろ……」
「信じられない……」
神官様とセリビアお姉ちゃんがなんか呟いてる。覚悟して眼を開けなきゃ。最後にもう一度言おう。
「来い! 村人‼︎」
【 ソウシ 十五歳 職業『勇者』】
はい残念。村人は当たりませんでした。『勇者』ねぇ……何それ美味しいの? ん? 『勇者』? 目がおかしくなったのかなぁ。あっ! 前の人が選ばれたとか! なんで神官様は腰を抜かして倒れてるのかな。なんでセリビアお姉ちゃんは号泣してるの? 違う人のだよ〜僕は村人だよ〜!
「なんだぁ、夢かぁ……」
「いや、起きとるじゃろうがお主! 戻って来い! 現実はこっちじゃよ!」
「うっす! 自分今日から村人頑張るっす! 神託あざっした‼︎」
「キャラが崩壊してますわよソウシ様? ご立派になられて……う、うぅぅ……」
「誰なの? お姉ちゃんこそキャラが崩壊してるよ! 戻ってきてえぇぇ⁉︎」
__________
暫くして漸く落ち着いた神官が、ソウシの肩を力強く叩く。
「認めよ。神官の儂が宣言しよう、お主は今日から『勇者』じゃ! 選ばれし者じゃ‼︎」
ーーまるでその言葉を祝福する様に神殿の鐘が鳴り始めた。人々の視線がたった一人の少年に集まる。
「やめてくれぇ! 本当に恥ずかしいから止めて⁉︎」
動揺する弟の言葉は耳には届かず、セリビアは手を高らかに掲げて宣言した。
「この場にいる皆聞けぇ‼︎ この方こそ、この世界を救う勇者ソウシ様だあああっ‼︎ 頭を垂れよ‼︎」
「だから誰? あなた誰? ねぇ、救わないよ。寧ろ山で引き篭るよ。戻ってきてお姉ちゃん? 早く山に帰ろうよぉっ!」
その場にいた者たちは、伝説の始まりに立ち会えた奇跡に涙を流しながら跪き始める。
「絶対嫌だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーっ‼︎」
『勇者』ソウシの英雄譚はこうして望まぬままに始まった……
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