第5話
「——日本の銃刀法は、どこへ行ったんだ」
肩から提げたトートバッグからちょこっと頭をのぞかせて、くままるさんがそんな事を言った。その黒くてつるっとしたボタンの瞳が、私と夕月くんの方に向けられている。
あれから、パンダさんを預かった私たちは直ぐに恵理さんのお宅を出て、途中で買い物をしていた保彦さんを捕まえ自宅に戻り、仕度を整えると旧市街へと向かった。件の駅は少し離れた方面だったので、近くまでは車を使う。あまり整備されていない道を軽トラックに揺られながらやって来て、少し歩き始めたところだった。
空は夕日の紫を残した薄青色に移り変わって、一つも明かりの灯らない町並みは暗く、しんと静まり返って足音を響かせる。それでも隣りを歩く夕月くんの顔が分らないほどではなく、手元の本は読めなくても周りにある闇色の建物がなにかは判る。いつも通り、たましいの欠片が淡く漂う、そんな旧市街の薄暗い町並み。
わたしは瓦礫の多い歩道を避けて車道の真ん中を歩きながら、頭に入れてある地図と辺りの様子とを見比べて、それから小脇に顔を出すくままるさんに返事をした。
「まだ生きてるよ。これはみんな、ちゃんと許可を取って使ってるんだから」
「へぇー、そうなのかぁ」
くままるさんの胡散臭そうな眼差しは、なおも私たちの格好に向けられていた。
私も夕月くんも、今はさっきまでの普段着とは違って、仕事用の防護服を身に付けている。周囲の薄暗さに合わせた黒に近い灰色の服に、動きやすいように工夫された各所の防具。それに加えて、それぞれに対ゆうれい用の武器を携えていた。夕月くんは身軽な装備だけれど、私の方は重火器系を背負っているので確かに物々しいかもしれない。でも時々なら新市街でもこの手の装備の人は見掛けるので、今の人はあんまり気にしないんだけどな。さすがにくままるさんは気になったみたいだった。
「なあ、ひなた」
バッグからぴょこっと頭を出すパンダさんが気になるのか、覗いて見ていた夕月くんが聞いた。
「さっきいろいろ話してたけど、こんかいはなんとかってえきにいるばけものをたおせばいいんだよな。よりしろをもってない、ただの集合れいなんだろ」
「うん。たぶん。でもくままるさん由来なら、駅にはそれなりに想い入れがあるはずだから場の支配力は強いかも。それにやっぱり情報が少ないから、断言はできない」
「りょうかい」
これは最近夕月くんが気に入っている言葉だ。なにかの映画で観たらしい。こうして装備を整えて、旧市街に入って隙のない眼差しで周囲に気を配る姿は、どこから見ても格好良いのにな、と私はこっそり胸の中で思う。これはくままるさんに充分観察してもらって、後で恵理さんに報告してもらわないと。
そうしてしばらく行くと、目的の場所が見えてきた。上のビルに商業施設の入った栗平寺駅を中心にして、手前にはバスターミナルが広がっている。その端に出て、私たちは足を止めた。
「くままるさん、ちょっと出て来て。
ばけものに襲われたっていう駅は、ここで間違いない?」
恐がってバッグの中に引っ込んでいたくままるさんに呼び掛けると、彼はおそるおそる頭を出して、周囲を見渡した。広いロータリーの周りには、有名衣料品店やスーパーなど様々な看板を掲げるビルが並んで建っていた。駅ビルにも大型書店やファミリーレストランの名前が見えて、当時の賑やかさがうかがえる。
「そうそう、ここだよ。始発が出るし、けっこう店が多いから良く来てたんだ」
近くにはボーリング場なんかの施設もあって、遊び場も豊富だとくままるさんが説明する。私も軽く返事をしながら、その景色を観察した。
旧市街に出るとゆうれいもあまり見掛けなくなるけれど、こうした繁華街にはふらふらしていることが多い。それなのに、ここでは一人の姿も見なかった。たましいの欠片も漂っていない。おそらく件のばけものを恐がって逃げてしまったか、取り込まれてしまったのだろう。少なくとも、何か危険なゆうれいがいるのは間違いなさそうだった。
「——青い傘、か……」
そんな寂しい町並みをぼんやりと眺めて、くままるさんが呟いた。本人も声に出したことに気付いていないような微かな言葉と、やや思い詰めたような雰囲気に、私は首を傾げて小脇を見遣る。
「どうかした?」
「えっ? あ、いや。なんでもない」
「?」
さり気なくかわしてみせて、バッグの中に潜るくままるさん。
「……」
私はそちらに視線を留めたまま少し考えてから、気持ちを切り替えて駅の方を指差した。
「まぁ、いいや。それなら、あそこにある階段から中に入ろう」
「えぇーー、やっぱり行くのー? やだよ、俺〜」
それまで通りの明るさに戻って、駄々をこねるくままるさんの発言は黙殺する。
夕月くんが軽くうなずいて、先に立って駅の改札口に直接繋がっている連絡橋へ向かった。それに続いて行きながら、私は肩のバッグを左側に持ち直す。
「入る前に一応確認しておくけど、私はパンダさんを抱えているから——」
「できるだけ、おれがひとりで片付けるんだろ。
だいじょうぶ。ひなたがいないほうが楽なくらいだから」
「……」
「だったらさ。ひなたちゃんは一緒に中に入らなくったっていいじゃん。女の子なんだし、危ないのは任せて外で待ってようよ!」
——それはそうなのだろうけれど、そういう事を無表情で言わないでほしい。それに、そういうわけにもいかないからな……。夕月くん、ものすごい機械音痴なんだもん。
微妙な表情で前を行く夕月くんの背中を見詰めて、ため息が出てしまった。何に対してなのかは自分でもよく分らないので、首を振って振り払うと、私は勢い込んで頭をバッグから突き出すくままるさんを、手の平で押し戻した。
「あんまり頭を外に出さないで、くままるさん。大人しくしててください」
目の前の駅の表示を指差す。くままるさんは喉を鳴らすような間を空けて、すばやく頭を引っ込めた。しかしなにも見えないのも恐ろしいのか、バッグの縁に両手を掛けてこそこそと周りを確かめている。
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