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 その頃、シストニア王国の中心地にある王宮内、王太子の執務室では新たな動きが見られた。フランシスが自分の配下である隠密部隊の隊長を呼び寄せたのだ。


 隊長である男が部屋に入ると、まず目に入ったのは、部屋の隅に休憩用として置かれている長ソファーに寝転がるアランの姿である。部屋の中を見渡しても、主であるフランシスの姿はない。



「……」



 男は開けたままだったドアの向こう、部屋の外まで下がり、そっとドアを閉めようとする。



「どこに行こうっていうのさ」



 てっきり寝ているものだと思われたアランから声がかけられた。


 これが男ではなく他の人間ならば、瞬時に身体を強張らせ、思考を停止させていただろう。アランが口にする自他共に嘘偽りない言葉というものは、時として叱責よりも遥かに心に突き刺さることもある。この王宮の人間は多少なりともそれを経験していた。


 しかし、男は違った。そのまま部屋の中に戻り、アランに対して頭を下げた。



「フランシス様のお姿が見えず、殿下もお休み中かと思いましたので」

「お休みしたいんだけどね。どこぞの間抜けが僕の弟子を誘拐して騒ぎを拡大させてくれたもんだから、僕はこうして愚弟に協力しているってわけだよ。本当は今すぐ帰って研究の続きをしたいし、ミヤのご飯も食べたいっていうのに。……アレがそんなに自分の息子の王位に固執するんなら、いっそのこと王位なんてない国に作り替えてしまえばいいんじゃないかな。ミヤも言っていたよ。選挙で人を選び、数年単位で政治に携わらせるって。それでいいじゃない。それがいいじゃない。地位なんて邪魔なもの、どうしてみんなそんなに欲しがるのか、まったくもって理解できないよ」



 よほど鬱憤が溜まってきているようで、アランの口から吐き出される言葉はとどまるところを知らない。


 アランの本領とも言うべき忌憚きたんなき意見、刃物のように鋭い言葉は、あまりにも的を射たために、男も思わず確かにと頷いてしまうところもあった。


 王制をなくすというのは行き過ぎだが、優秀な人材を集めるという点に置き換えればそれもありだ。

 今の政治は国王を中心としているが、実際の実務は官僚達に任せ、その長官である各大臣はほぼ世襲制。よほどの無能でなければ最終の署名と判子係だと揶揄やゆする者もいる。

 まぁ、それを真っ先に本人の目の前で宣った人物は揶揄からかいの気持ちなど微塵みじんもなく、ただ事実を伝えたに過ぎないと思っているだろうが。言うに及ばず、宣ったのは他ならぬアランである。



「それで? お前は愚弟の味方? それともアレ?」



 問いの中身としては今後に関わる重要なことであろうに、アランはいまだソファーに寝転んだままである。


 しかし、男はアランの様子にも、選択肢の提示の仕方にも言及することはない。



「殿下がこの国にお戻りになられないのであれば、私はフランシス様に忠誠を」

「そう。なら、そのままそうして」

「仰せのままに」


 

 そこへ、この部屋の主であるフランシスが戻ってきた。


 すでに男が来ていたことに驚く様子は見せないが、どんな会話をしていたのだろうと気にする素振りは多少見受けられる。だが、二人はそれを受け流した。



「君に来てもらったのはね、気になることがあって、それを調査してもらいたいんだ」

「承知しました」

「それで、調査してもらいたいことなんだけど」



 フランシスから脱税疑惑がある土地の調査を命じられた男は頭を下げ、そのまま部屋を後にした。


 玉石混合の臣下達ではあるが、彼の配下である隠密部隊は王太子配下であるだけあって精鋭揃いで、その隊長を務める男に任せておけば近日中に報告が挙がるだろうという絶対的な信頼がある。


 ここへ来て、ようやくアランが起き上がった。



「で? どうだった?」

「母上の……王妃の所領にある大豆畑の一部がとある貴族に下賜されていました。例の、脱税疑惑がある貴族の名と一致しています」

「そう。だろうね」

「……あの、兄上」

「なに?」

「大豆は確かに食糧とはなりますが、蓄えて財にするにしても程度が知れています。何故、そのように大豆畑を欲しがるのでしょう」



 まるで分かっていたと言わんばかりの態度をとるアランに、フランシスの口からごく自然な疑問が出る。


 アランは弟の方へ目をちらりとやった後、ふぅと軽い溜息をついた。



「大豆の油からとれる化合物をちょいちょいっと他の化合物と反応させれば、爆薬ができる」

「ば、爆薬ですかっ!?」

「まぁ、取り扱いが難しいから爆薬として誰でも彼でも使えるって代物じゃないけどね」

「それでも、爆薬は爆薬です。それを王妃の所領にあるだけとなると、それなりの量に」

「なるだろうね。失敗ももちろんするだろうから、一概に全部が完成するとは言えないだろうけど」

「ち、父上にお知らせを……」

「まぁ、待ちなよ」



 すぐさまこの部屋を出て行こうとするフランシスの肩に、アランが手を置いて引き留めた。


 振り向いたフランシスの目に、落ち着きはらっているアランの姿が映る。



「兄上……もし、そのお考えが正しければ、この国の一大事なのですよ!?」

「一大事、ねぇ。それでお前は父上になんと報告するつもり?」

「それは……ありのままを」

「王妃がとある貴族に何の考えもなしに大豆畑を下賜し、その貴族には脱税、およびブラッドフォードの王太子や宰相子息の元世話係を誘拐した疑いがありますって?」

「……っ」

「王妃に関する余罪がいもづる式に他に見つかれば、お前もただではすまないんだよ。本当に爆弾が作られていたらなおさらだ」

「……兄上」



 そっけない口調だが、フランシスには兄の言葉が弟である自分の身も心配してくれているように聞こえた。

 だから、思わずアランの方を見て、目を数度瞬かせてしまった。ちなみに、今までにアランの方からそんなことを言われた覚えは皆無である。


 ただ王太子に祀り上げられるのが嫌なだけに過ぎないのだろうということは、フランシス自身も重々分かっている。だが、それでも兄から弟へ身を案じてくれているような言葉が出た事実は変わらない。


 フランシスは視線を下げ、ふっと笑みを漏らした。そして、上げられた口端をそのままに、視線をアランの方へと戻す。その瞳には、今までよりも強い覚悟と決意が見て取れた。



「言ったでしょう? 僕は兄上にメグを譲るつもりはありません」



 フランシスの婚約者であるメグ――マーガレット嬢はフランシス個人のというより、王太子の、未来の国王の婚約者。立場が変われば相手も変わるというものである。


 それを譲らないということは、王太子から降りるつもりはない。また、黙って降ろされるつもりもないという意思表示に他ならない。


 フランシスの言葉に、アランはしばらくフランシスの顔をじっと見た後、すいっと肩をすくめた。



「ま、少なくとも、隠密の報告を待ってからにした方がいいと思うよ。証拠は少ないより多い方がいいからね」

「そう、ですね。では、彼らが戻ってからすぐに」

「その後は好きにしたらいい。この国の王太子はお前だからね。……あーあ。パエリアが食べたい」



 珍しく趣味以外の仕事をしてお腹が空いたというのに、お気に入りの食事がとれないとは。


 そろそろ穏便に・・・迎えに行くべきかと、アランにしては真剣に考え始めた。


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