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 調査を命じて、それから五日が過ぎた。


 隠密部隊による調査の結果、やはり例の貴族は“黒”であった。

 しかも、“王族への献上品を購入するための費用”というもっともらしい理由を隠れ蓑に、脱税が慢性的に行われている。中でも、王妃へのものが群を抜いて多い。もちろん、王妃への献上品目録にはその貴族からという記載はほとんどない。

 この五日の間にも、“王妃への献上品”が運び込まれたのは王宮ではなく、他国との貿易を請け負っている商人の元であったそうな。



 ――そして、どうやら天は、シストニアの王族をとことん追い詰めたいらしい。



「今回の一件、納得のいく説明をいただきたい」



 ブラッドフォード王国王太子――マクシミリアンが、自らの近衛兵と従者を数名連れ、シストニアの王宮を訪れた。

 国賓を迎える際に使われる応接間に通し、話し相手は同じ王太子が務めることが古くから慣例化されている。今回もその慣例どおり、フランシスが応対した。その際、フランシスだけでなく、アランも同席することを望んだのは、他ならぬマクシミリアン自身であった。


 表向き、マクシミリアン個人の私的な外遊に伴う訪問というていをとってはいた。

 だが、部屋に入り、自分達だけになった途端、コレだ。


 普段は柔和な表情をとることが多く、紋章もあいまって“白百合の君”と呼ばれるマクシミリアンだが、今は柔和さなど微塵も見せない。王族の、それも王太子として、毅然きぜんとした態度を示している。


 もし、美夜がこの姿を見たのであれば、彼の成長ぶりに思わず目頭を押さえたことだろう。ただ、彼女が望んだような穏便な解決からはいささか……だいぶ遠ざかっており、そうなると手放しでは喜びづらいかもしれない。


 それでも、クリストファーから既に報告があった上でだろうから、こういう状況になることも決して不思議ではない。彼の申し出は、外交的にも最もな意見だ。



「今回のことは、本当に申し訳なく思っています。現在、私の手の者が調査中で、近日中にも私の父に報告ができるかと。その際、改めて貴殿やブラッドフォードの国王陛下にもご連絡をさせていただきたいのですが、それでいかがでしょう」



 全面的なこちらの非に、フランシスは向かいの椅子に座るマクシミリアンをしかと見つめた。

 今回のことを自国に有利な外交の切り札とせず、あくまでも外遊を装って訪問してくれたのだ。誠意には誠意でもって返さねばならない。



「……分かりました。ただ、ミヤだけでも許しがたいというのに、その上、我が国の宰相補佐まで利用しようと考えるなど、決して許されることではありません。必ずや、余すことなく全ての解決と処断を図ってください」

「もちろんです。我々はブラッドフォードとの断交など、決して望んでおりませんので。それに、彼女には兄が大変お世話になっていますから」

「……その兄君は、ミヤがさらわれた時に何をなさっていたのか」



 こんな時だというのに菓子箱に手を伸ばすアランに、マクシミリアンの非難めいた視線が向けられる。兄のことを尊敬してやまないフランシスも、今だけはさすがに頬がピクリと引きつった。



「あ、兄上っ!」

「あぁ、彼は僕達を八つ当たりの相手にしてるだけだから大丈夫。ブラッドフォード側としての意見を言っている時以外は、適当に聞き流しておけばいいよ」

「――はい?」



 アランの空気を読まない行動につぐ発言に、マクシミリアンの声音も数段低く変わろうというもの。


 ただ、フランシスには言えないが、八つ当たりと言われても仕方ない自覚がマクシミリアンにも多少は存在していた。


 クリスの反応に肝を冷やしつつ、ミヤが城下で過ごすことができるよう陰ながら尽力していたというのに。その努力と気苦労を全て無にさせられたのだ。

 愚痴を言ったり八つ当たりをするくらい、大目に見て欲しい。


 だが、それは自分だけがそう認識していればいいだけ。それなのに、アランから正面きって指摘され、ついムカッと来てしまった。事実なだけになおさら。

 


「兄上、そういうことではなく……」

「え? あぁ、もちろん、僕もミヤに言ったんだよ? あの子が正体不明の相手に面会を申し込まれた時、もしもの時は遅効性の毒薬で居場所を吐かせるって。そしたらあの子、“穏便に”ってものすごく強調するものだから。師匠としては、弟子の選択を尊重しないといけないって、前に街の大工の棟梁が言っていたからね。それを参考にさせてもらったんだ」



 確かに、言っていることは間違いではない。間違いではないが。



「……それでクリスに連れていかれて戻ってこないなら、意味がないじゃないですか。そりゃあ、僕……じゃなくて私も、クリスの奇行をどうにかしてほしくて、ミヤをもう一度呼んでしまったクチではありますが。こういう雲隠れされる的な展開を望んではいません」

「まぁ、確かにね。僕もミヤにご飯作ってくれるように頼んでるし。この件が片付いたら、家に帰りがてら迎えに行こうかなって思ってるから大丈夫だよ」

「クリス達がどこにいるか分かるんですか?」

「まぁね。前にも行方不明になったことがあっただろう? あの時と同じだよ。君達の魔力は、相変わらず質も量も十分すぎるほどだから」



 ミヤとクリスの居所が分かっているなら、何故すぐに行かないのか。

 

 王太子二人は目を合わせ、揃って首を傾げた。

 アランの考えは、マクシミリアンどころか弟のフランシスですら読めない。



 ――さて。


 言いたいことは全て言い終え、マクシミリアンとしては、もうここに用はなくなった。ちらりと壁際に立っている従者の方を見やる。

 すると、主人の意を察した従者が、傍にさっと寄ってきた。



「殿下。そろそろお時間が」

「あぁ、そうだね」



 立ち上がったマクシミリアンの後に続き、フランシスとアランも椅子から腰を上げ、見送るためにエントランスまでついていく。


 案内役の侍従がエントランスのドアを開けると、転移陣まで移動するための馬車が横付けされていた。


 

「では、ご連絡をお待ちしております」

「えぇ。近日中に必ずや」



 マクシミリアンとフランシスが別れの挨拶を交わす。にこやかに話す二人に、周囲は何やらいい話がまとまりかけているのかと顔をほころばせた。実際には、まったくもっていい話などではないのだが、知らずにいられるならその方がいいのだろう。


 マクシミリアンが馬車に乗り込むと、じきに馬車が動き出した。庭の噴水に沿ったロータリーを通り、門の方へと走り去っていく。フランシスはそれを、しばらく何とはなしに見つめ続けた。



「いつまでそこに突っ立っているつもり?」

「え?」



 横を振り向くと、もうそこにアランの姿はない。さらに後ろを向くと、アランは既に王宮内に向かって歩みを進めていた。

 


「風邪ひくよ。それとも、本当に・・・病気になりたいの?」

「えっ? ……あっ、いえっ!」



 アランに言われた“本当に”という言葉の意味が分からず、フランシスも一瞬呆けてしまった。けれど、すぐに言葉の意味を理解できた。彼がここに戻ってくることになった大本の話しだ。あの、偽の危篤話。


 

(兄上は、そもそもの話、今回の件に巻き込まれた原因はそこにあると考えている、のかもしれない)



 一度そう思いついてしまえば、負のイメージはなかなか拭えないもの。十分あり得そうで、ないと言い切るための材料がない。


 それからというもの、しばらくの間、フランシスは兄の顔色を窺って過ごすことに徹していた。


 


 ――そして、マクシミリアンの来訪があってから二日後。

 全ての報告書とともに、フランシスは今回の件を国王に報告した。


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