第五章

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 長きに渡る誤解につぐ誤解がようやく解け、フランシスとマーガレットが想いを告げ合った翌日。


 ミヤは身支度を手早く整え、アランの部屋へ向かった。すると、丁度フランシス付きの書記官がアランの部屋から出てくるところだった。



「おはようございます」

「……おはようございます。キリュー様。ご機嫌麗しいようで何よりでございます」

「あの、大丈夫ですか? お顔の色が……その、優れないようですけど」

「フフッ。大丈夫ですよ。これくらい、何とも。アハハッ」



 引きつった笑みを見せつつ、書記官は軽く一礼して立ち去って行った。おそらく、彼が今できる最大の速さでもって。しかも、徹夜でもしたのか、目の下に尋常じゃない黒さの隈を作っている。昨日、ミヤが頼んだことによって受けた彼の精神的な苦痛は、一夜にして隈を作らせるという非常に分かりやすい結果として浮き出ていた。


 そんな彼の背が廊下の角を曲がって見えなくなるまで見送り、ミヤは気を取り直して部屋のドアをノックする。中からは数拍置いて返事が返ってきて、入室が許された。



「おはようございます。……って、今度は何してるんですか?」

「ん? いや、昨日愚弟の代わりに執務をしてたら、何か妙に採算が合わない計上書が上がってきて。その土地のここ数年の資産管理状況を調べてるとこ」

「な、んですって? 師匠が薬師以外の仕事を自ら進んで? 確かに頼んだのは私ですが、昨日にに引き続き今日まで真面目にやっているなんて……空から槍でも降ってきたらどうしよう」

「何気に失礼だよね、君も」


(……まさか、偽物? 魔術師って自分の分身を作れるって聞いたことあるし。偽物よね、コレ。でなきゃ……熱っ!?)



 ドアを閉めるのもそこそこに、ミヤは長ソファーの上で横たわって書類を流し見るアランに駆けより、額に手を当てた。もちろん熱を測るためだ。



「……熱はないようですね。じゃあ、貴方、誰なんですか?」

「何言ってるのさ。僕の顔を見忘れるなんて、君、歳の割に耄碌もうろくするのが早いんだね。それとも」

「分かった、もういい! 師匠で間違いありませんね!」



 こんな脳から口までが直結して弁の立つ人がこの世に二人もいるのは勘弁してほしい。


 拾っておいてと言われ、床に散らばる書類を踏まないように寄せ集め、テーブルの上に置いておく。きっと重要書類ばかりだろうにこの扱い。ミヤが間者だったなら、いくらでも情報が盗み放題だっただろう。



「あの、これって私が見ても大丈夫なものなんですか?」

「なんで?」

「なんでって……一応他国っていうか、余所の人間ですし」

「いいんじゃない?」

「いや、ダメでしょう。重要機密ですよ」

「それでどうこうなるならその程度の国だったってことだよ。それに、君は漏らすことなんてしないでしょ? この国と戦争にでもならない限り」

「まぁ。それはそうですけど」



 変なところで信頼してくるもんだから、ミヤはアランに対してそれ以上反論できない。仕方ないなぁと思いつつも、ちょっと嬉しかったりもするから手に負えないのだ。



「……お腹空いた」

「朝食の用意をしてもらいますか?」

「ニクジャガとライスは?」

「まだ作ってません」

「どれくらいでできるの? 作ってくれるって言ってたじゃない」

「いや、ここでは難しいですよ。肉じゃがはともかく、ライス……お米がこの国でもすぐに手に入るか分からないですし」

「えー。……なら、やっぱりさっさと帰ろう。十分手伝ったし、これくらいで十分だと思う」

「ちょ、いや、待って! 待ってください! 分かりました、分かりましたから!」



 持っていた書類を放り投げて立ち上がろうとしたアランの肩を、ミヤが寸でのところで押しとどめた。



(今さっきまで、重要機密書類を持ち出してまですごく重大な疑惑追っかけてましたよね!? なんでここでやめる! いや、きっと引継ぎはするんだろうけど。するんだろうけど、今まで見つけられなかったってことは、見つけられても処分に期待はできないっていうか……あーもう! 宝の持ち腐れってこういう人のことを言うんだろうなぁ!)



 神様とは本当に不公平だ。


 

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