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 フランシスが部屋にやって来たのは、人を呼びにやって割とすぐのことだった。



「兄上、お呼びとうかがいましたが」



 ドアを開け、挨拶を済ませた彼は、昨日のこともあってか少し浮ついて見えた。ようやく想い人と想いを告げ合うことができ、今が一番楽しい時期だろう。


 しかし、アランはそんな彼に余韻に浸るという文字面を与えない。


 自分が座るソファーと長机を挟んで向かい側に座るように言うと、美夜が拾って並べておいた書類の束をいくつか指差した。



「それと、それ。あと、その書類。見て何か気づかない?」

「え?」

「早く見る」

「は、はい」



 慌てて書類の束を手に取り、目を通し始めるフランシス。端正な顔立ちが段々と曇っていった。



「……これは」



 一度気づいてしまえば早かった。次、次と、手に持つ書類を変え、驚くような速さで目を通していく。


 そして、ぽつりとこぼした一声は苦々しいものが含まれていた。



「……なんてことだ」

「最初は巧妙に隠していたんだろうけど、バレないのをいいことに段々大胆になってきてるだろう? この段階まで見つけられないなんて、結構な怠慢なんじゃない?」

「おっしゃる通りです。申し訳ございません」



 菓子受けに手を伸ばし、いそいそと袋を開けるアランに、美夜はこんな時にとその手から袋ごと没収する。

 非難がましく見てくるアランの視線を躱すべく、美夜は後ろに準備してあった台車に向き直り、自分の分も含めてお茶の準備をし始めた。


 これ幸いと、隠し持っていた菓子を口に放り込むアラン。美夜にはバレていない。


 書類を手に項垂れるフランシスをちらりと一瞬見て、そのままついっとあらぬ方へ視線を流す。



「謝る必要はないよ。僕にはね。余分に税を納めさせられていた土地の領民には何らかの処置がいるだろうけど」

「はい。すぐに綿密な調査をし、対応いたします」


(うわー、本当に師匠が王族らしいこと言ってる!)



 準備ができた美夜は二人の方を振り返り、それぞれの前に紅茶入りのカップを出した。

 その時の美夜の顔がおかしかったらしい。



「……どうしたの?」

「あ、いえ。国を離れているとはいえ、さすがは王族。国民のことを考えて、真面目に仕事をと感動し」

「え? そう? だってこれ、片付けておかなきゃ暴動が起きて、今の政治に関わっている者皆引きずり下ろされるかもしれない。そしたら、関係のない僕にまで影響が及びかねないだろう? せっかく他所で自分の好きなように生きてるのに、そういう火の粉は早めに払っておくべきだと思って」

「……ましたと言いたかった! 思いっきり自分中心の考えだった時の私の気持ち!」


(……はは、あははっ。ですよねー。そうですよねー。そういうお方でしたよねー)



 本当に、最初の師匠探しに失敗したと思う他ない。たまに、ごくたまに彼で良かったと思う時がなくもないから余計に質が悪いのだ。


 弟子になって決して短くはないと言うのに、最近新たに発覚したアランの生家。それに付随して新たな一面がと思いたいのは美夜だけだったようだ。


 無念。



「まぁ、せいぜい蜥蜴とかげの尻尾切りに合わない程度に追い詰めることだね。逆に頭から叩くと末端まで行きつかないこともあるから、そこも気をつけて」

「は、はい」



 話は終わりとばかりに、まただらけ始めるアランの背中を叩いてやるべきかと美夜が本気で考え始める中。



「あ、あの」

「なに?」

「あの、これを機会に兄上もこの国の要職に」

「やだ」



 フランシスの懇願に近い響きを持つ進言に、アランは食い気味で答えた。もうこれが食い気味で答えると言うものだと、まだ言葉をよく知らない子供達に教えて回りたいくらいの食い気味だった。


 しかも、大の男が言う台詞でもない。美夜としては、同じ拒否を示すにしても、せめて"断る"ぐらいにしておいて欲しかった。


 まぁ、言葉のどうこうは脇に置いといて。



「師匠。最後までお聞きになった方がいいのでは? フランシス様だって、師匠のことを思っておっしゃっているのかもしれないのに」

放逐ほうちくされた人間に言うならまだしも、自分から出て行った人間に言うのはいらぬお節介、もしくは巻き込み型の貧乏くじを引かすって言うんだよ」

「またそんな」



 完全に聞く気を失わせているアランを再び聞く気にさせるのは容易なことではない。

 食べ物で釣るという手もあることにはあるが、肉じゃがとご飯を待たせている以上、また新たに料理の話を持ち出すとこちらが返って薮蛇に会う。


 さて、どうしたものかと美夜が頭をひねっていると、部屋のドアをノックする音が部屋に響いた。



「……どうぞ」



 いつまで経っても許可を出さないアランに代わり、美夜がドアの向こうに立つ人に向かって声をかける。


 ゆっくりと静かに開かれたドアの向こうに立っていたのは、揃いのお仕着せを着た侍従の男だった。



「お寛ぎのところ、失礼いたします。キリュー様とお話ししたいとおっしゃる方が別室でお待ちでございます」

「私、ですか?」


(マーガレット様かな?)



 約束はしていないが、他にこの国で自分と話したいという人に心当たりがない。

 美夜は軽く小首を傾げた。


 それを受けてかどうかは分からないが、アランが起き上がり、口を開いた。



「誰?」

「内密にとのことですので。申し訳ございません」

「……とりあえず、行ってみます」



 このまま問いただしても教えてくれなさそうな雰囲気に、美夜はドアの向こうに立つ男の方へと歩み寄る。



「誰か僕の信頼できる者をともにつけましょうか?」

「いえ、大丈夫です」



 フランシスが困惑する美夜を気遣ってそう申し出てくれたが、そこまでしてもらうとかえって相手に失礼だと捉えかねられない。



「師匠、もしもの時はよろしくお願いします」

「もちろん。遅効性の毒薬で君の居所を吐かせて」

「穏便に! 探してくれるのは嬉しいですけど、穏便に! どこに最初から危ないモノ持ち出して聞き出す奴がおりますかっ」

「ここにいるじゃない。僕、本職だよ?」



 そうだ。その通り。その通りなのだが、それが問題なのである。


 内密でという、半ば怪しささえ感じられる面会者と会う前に、美夜はげっそりと何かが削られた。



「……行ってきます」

「い、行ってらっしゃい」



 フランシスの戸惑い混じりの挨拶に一礼を返し、美夜は侍従の男の後ろについて部屋を出て行った。



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