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 用意された一室にそのまま滞在することになった美夜は、目の前に座り、頬杖をつきながら手元を見る男に絶賛大激怒中である。

 何故かと聞かれれば、よくよく考えれば思い当たる節が次々と出てくるものだからアランことアレクシスという男は質が悪い。いや、容姿だけ見れば一級品なんだけれども、それ以外、特に思考だだ洩れの口が凶器と化して人々の心を抉り潰していっていることは疑いようがない事実であるからして、質が悪いと言うことは決して間違っていない。


 そしてさらに質が悪いのは、場の空気を一切読もうとしないことだった。



「師匠。それ、私のお菓子です」

「ケチ」

「自分の分を食べつくしておいて、よく言った!」



 カートに乗せられて運ばれてきたお菓子が入ったバスケットに手を伸ばすアランの手を叩き落とす美夜に、アランはジト目で反抗してみせた。

 けれど、美夜もすでに慣れたもの。それを見事にスルー……だけでは留まれず、ピシャリと言い返した。



「あの、私、出直しましょうか?」

「お気になさらないでください。むしろ退出すべきなのは師匠の方ですから」

「え……っと」



 二人の間、というより美夜の方から漂う冷たいオーラに、マーガレットは目を瞬かせてしきりに視線を交互に向けている。ついこの間会った時には別にこんな素振りは見せていなかったのだから当然だろう。


 ピクリと片眉だけを動かしたアランはついていた頬杖をとき、美夜の方へ顔を向けた。



「まだ怒ってるの?」

「まだ!? まだって言いましたか、この人は!」

「ミヤ様!?」



 テーブルをバンと叩いて立ち上がる美夜。今にもアランに襲いかかりそうな勢いの美夜に、アランとマーガレットの反応は両極端を辿った。



「ミヤ、あんまり怒ると頭の血管が破裂するよ?」

「誰のせいじゃ、このヤロー!」



 アランの方へ投げつけようと椅子を持ち上げる美夜から逃げるように椅子から立ち上がり身を翻すアラン。しかも手にはちゃっかり気に入ったと思しき菓子が大量に握られている。



「僕の家じゃないんだから壊すのは関心しないな」

「~~っ!」



 そのままパタンと音を立てて閉められたドアを睨みつけ、美夜はまるで犬のように唸り声をあげた。


 それでも椅子を本当に投げつけないのは人前であることと、他国の王宮の一室だということで頭が理性を働かせたのだろう。

 でなければ今頃、確実に椅子を投げつけ、後片付けをしつつ自分がやらかした行動に猛省している最中である。もちろん、椅子を壊したこととドアを傷つけたことに対してである。そこにアランへの気持ちなど微塵も存在しない。



「だ、大丈夫?」

「……はい。お見苦しいところをお見せしてしまってすみません」

「ううん。いいのよ」



 むしろそれがアレクシス様に対する大多数の反応だもの、と妙に納得できることを言ってくる。


 普段なら返事をし辛いものだが、今の美夜には関係ない。大きく頷き返した。


 それからほんの少しの間、なんとなくお互い気まずい雰囲気が漂うが、マーガレットがとれる時間は限られている。

 美夜はゴホンと一つ咳払いをした後、本題を切り出した。



「えぇっと、マーガレット様はどのような物をお作りになりたいのですか?」

「あの、本当は食事になるようなものを作りたいんだけど、それだと色々と難しいでしょう? だから、考えたのよ。フランシス様は甘いものもお好きだから、お菓子はどうだろうって」

「……分かりました。確か、ルイーチェルの日も近いですし、丁度いいですね」

「っ! あ、そ、それは別に考えてるわけじゃ!」



 サッと顔を赤らめて慌てだすマーガレットに、美夜はつい噴き出してしまった。



「……ごめんなさい」


(そんなに顔を赤くして言われても全然説得力ないんだけどなぁ)



 頬を両手で挟んで見られまいと顔を下げるマーガレットをこれ以上追い詰めるのは良くない。


 話を戻すことにして、頭の中にいくつかマーガレットでも作れそうなものを並べていく。



「普段はどんなお菓子を召し上がっているんですか?」

「ケーキとか、クッキーとかかしら」

「なるほど。……ふふっ。いいことを思いつきました」

「まぁ。なぁに?」

「作る方も食べる方も両方とも楽しくなるものです」

「素敵! それはなに?」



 キラキラと目を輝かせるマーガレットに美夜は人差し指を立て、僅かに胸を張る。

 そして、その期待に満ちた視線に、幼い頃のマクシミリアンやクリストファーから受けたものと同じものを感じ、ほんの少し懐かしく感じた。それに対しても思わず笑みがもれる。



「向こうの世界での私の国に伝わる和菓子というものです」

「わがし?」



 案の定初めて聞いた言葉だったらしく、マーガレットは首を傾げた。



「えぇ。たぶん、初めて召し上がっていただけるかと」

「それにするわ! 貴女が薦めるってことは美味しいに違いないもの」

「分かりました。ちょっと準備が大変なものがあるかもしれないので、この国の料理人の方と相談してみます」



 異世界転生が多い日本人はどうやらこの世界にも美夜よりも先に何人か来ていたらしく、聞いて驚くなかれ、お米もここから遠い国ではあるものの、すでに生産化されていた。


 和菓子、それも美夜が考えているものを作ろうとするならば、欠かせない材料。餅粉。餅粉があるかどうかは美夜が偶然見つけた書物には書かれていなかったけれど、お米が生産されているなら十中八九あるだろうと探してみるとやっぱりあった。

 もちろん即お取り寄せである。その時はどうしてかなり遠くの土地であったはずなのにそう待たなかったのは何故だろうと思ったものだけれど、アランが魔法を使えるとなれば話は別だ。あの食欲魔人のこと、目新しいものが食べれると聞きつけるといち早く行動に出たに違いない。



「私に協力できることがあるなら遠慮なく言ってちょうだい」

「ありがとうございます」



 その国の名前を頭に思い浮かべ、そこから餅粉を手に入れるには確かに公爵令嬢であるマーガレットの力を借りることもあるかもしれない。



「一緒に頑張りましょうね」

「えぇ!」



 満面の笑みを浮かべるマーガレットからは、フランシスに喜んでもらえるようなものを作りたいのだというけなげな気持ちが伝わってくる。

 美夜もいつも以上に力を尽くそうと、満足いく結果がもたらされるよう算段をつけ始めた。



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