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 公爵令嬢、それも王太子妃候補筆頭ともなれば毎日忙しくスケジュールが決められている。

 マーガレットが次に自由になる時間が取れるのは十日後のことになるそうだ。


 もちろん美夜だけならばこのまま残ってもなんら問題はない。

 むしろ当初の計画通り、ブラッドフォードから離れるという目的は果たされたと言ってもいい。

 しかし、問題はここからだった。さすがに招待されていた舞踏会も終わり、さらに十日も滞在できるほど王太子も宰相補佐の仕事も暇ではない。というのに、マクシミリアンもクリストファーも揃いも揃って大人しく二人だけで国へ戻ることをよしとはしなかった。



「ミヤ、何か良からぬことを考えていませんか?」

「え? あ、いや、やだなぁ! そんなことあるわけないよ。さ、ほら、先に国へ帰って仕事に励みなさい。私はもうちょっとこの国でマーガレット様のお手伝いをしていくから」



 思ったよりも滞在期間が延びたことと、帰着点の座標軸は分かっているということで、魔法陣で転移することになった二人は美夜の顔を疑り深げにジッと見つめて美夜の内心を探ろうとしてくる。

 ちなみに、この魔法陣はマクシミリアン作だ。クリストファーは美夜が戻らないなら自分もと断固として書こうとはせず、アランに至っては面倒だと少し離れた場所で食後の一杯を決め込んでいる。



「ミヤは私達とマーガレット嬢どちらが大切なんですか?」

「え? 僕達だよね?」

「マックス、貴方、まだ子供の頃のミヤの言葉を信じているんですか? そんなもの、ミヤが私達を置いて元の世界にさっさと帰ってしまったことから分かるでしょう? 時効ですよ」

「え!?」



 確かに彼らが子供の頃、よく聞いてきた。美夜が大事にしていたものと自分達どちらが大切か。冗談で向こうの方を大事だと言った日には部屋がめちゃくちゃになって色んな人に怒られてしまったこともある。


 美夜はその日のことを思い出し、ひくりと顔をひきつらせた。



「同性ではマーガレット様が大切、異性なら貴方達二人とも大切。これじゃダメ? あ、ダメよね」



 昔誰かに聞いたことがある回答を引用したけれど、そんなものでクリストファーが納得してくれるわけがない。眉を顰め、魔法陣の中に美夜も引きずり込もうと手を伸ばしてきた。


 美夜の腕をクリストファーの手が触れようとした時、バチッと静電気のようなものが走る音が響いた。



「……なんの真似ですか?」

「別に。ミヤが残りたいって言ってるんだから残らせるべきだろう?」

「外野は引っ込んでいてください」

「それは色んな角度から見ると君にも言えることだって分かって言ってる?」

「自国の令嬢のことは自国内で片付けてもらえませんか? ミヤはブラッドフォードの人間です」


(え? 私、日本国籍を捨てたつもりはないんだけどな)



 心の中では反論しても決して声に出さない美夜。そしてその対極にいるのがアランだった。



「彼女はここの世界の人間じゃないだろう? 自国か他国かなんて関係ないと思うけど。それに美夜はいずれ元の世界に戻るし、それに今だってブラッドフォードから」

「ちょっとお口を閉じてくださいますか、ししょぉー?」



 間一髪。寸でのところで口を閉じさせることになんとか成功した。

 ここでなんでとか言われて続けられようものなら、今日からアランの食事のメニューはしばらく彼の苦手なものがこれでもかと並べ立てられただろう。それが長年の経験で分かっているからこそ、アランも不服ながらも従わざるを得ないという様子だ。



「ふぅ。分かったわ。そんなに心配なら、ここにある転移陣を使って来たらいいじゃない。もちろんここの主である国王様かフランシス様に許可をいただいてからだけど。入り浸りになられても困るから一日一回、それもすべて仕事が終わった日だけ。ここに来るから仕事が疎かになるなんて、本末転倒だもの」



 美夜が最大限の譲歩を見せるとマクシミリアンの方は目に見えて明るさを取り戻していった。

 クリストファーほどではないとはいえ、マクシミリアンもそれ相応に美夜にべったりだ。いい歳した大の男二人がどうしたと言いたいところだが、二人の生い立ちは幼い頃に献身的に面倒を見てくれた彼女に執着の芽を植え付けるには十分なものだった。



「君がそこで譲歩するからいつまでも甘える。追い回されるのは君にも原因の一端はあるってことを自覚した方がいい」



 アランがカップに入った紅茶をくいっと傾けて飲み干した。そのまま席を立ち、こちらへ歩み寄ってくる。

 彼が自ら行動を起こそうとした時には大抵喜べない結果になると知っている美夜は、慌ててクリストファー達を送り出そうと笑顔を見せた。



「さ、さぁ、早く戻りなさい。陛下達にもよろしくね」

「ミヤ、やはり貴女も一緒に」



 クリストファーがもう一度伸ばしてくる手を振り落としたのはアランだった。



「その優しさが自分を殺し、彼らも殺す」

「なっ!」

「ミヤっ!」



 ミヤの手を引き、転移陣を発動させたアランは黙って消える二人の姿を見送った。



「師匠……。あれじゃあ、怒ってすぐ戻ってきちゃうじゃないですか」

「大丈夫。一時的に国内全ての転移陣の使用許可を解除させたから」

「それ、全然大丈夫に聞こえないんですが」



 ジトリと胡乱げな目つきでアランを見上げる美夜。

 転移陣の使用許可を解除されれば当然他の利用者も困るだろう。火急の用件で使いたい者も出てくるはずだ。



「ミヤ、君ねぇ。もっと危機感持った方がいいと思うよ。このままだと君、もう二度と戻れなくなるからね」

「……は?」



 たっぷり二呼吸分。

 ミヤの返事は遅れた。



「どういうことですか?」

「生身の普通の人間がそう何度も世界を渡り歩けるはずないだろう? 経る年月が一緒だったっていうならともかく、君の様子からして元いた時間からそう時間が経っていない頃に戻れたんだろう?」

「え、あ、はい。転移してから二時間後に。あと、体も。おかげで完全に学校に遅刻だったから途中で体調が悪くなったって家に帰りましたけど」

「三十過ぎた体を十代のものに戻すんだ。どれだけ魂や体に負担がかかっているか」

「……」

「多分だけど、こっちに来るときはいいんだと思う。そのままの姿で来ればいいんだから。でも、問題は向こうに戻るときだよ。何らかの力がその時空に見合ったものに戻そうとしてる。一度はなんとかうまくいったかもしれないけど、同じことが二度続くかなんて保障はどこにもないんだから」

「……それじゃあ」

「僕がたどり着いた答えに、君をこの世界に縛り付けておく理由やら方法を探っている彼が気づかないわけがない。今はまだ転移ができる時期じゃないからそのことを引き合いに出してこないだけだと思うよ」



 ぞっとするようなことを言いだすアランに美夜は両腕を抱きしめた。



「それじゃあ元の世界には戻らない方がいい、戻れないってことですか?」

「方法がないわけじゃないし、もしかしたらこれが理由で前回も大丈夫だったのかもっていう方法ならある」

「えっ!? なんですか、それを先に言ってくださいよ! で、なんなんです?」

「でも、君、怒るだろう?」

「怒りませんよ。なんで怒るんですか。むしろその方法を知ってる師匠に感謝するこそあれど、怒るなんてこと……あー……試しに言ってみてください」

「君の中に魔力を流し込むんだよ。その魔力が転移するときの魔力と反応して負担を和らげている可能性がある」

「魔力を私の中に流し込む? でも、そんなことされた覚えがないんですけど」



 そこでアランがすかさず美夜から距離をとった。



「君が酔っ払って手が付けられない時に、鎮静の魔術をかけるためにキスしてたんだ」

「なっ!?」

「別にキスじゃなくてもいいんだけど、その方が早急に効果が出るから。あと、君、酔うとすっごい絡み酒になるから飲むのを控えた方がいいよ」



 美夜は手近にあったソファーからクッションを掴み、勢いよくアラン目がけて投げつけ始めた。

 その目はかなり据わっていて、不穏なオーラを纏っている。



「だから怒るだろうって言ったのに」



 それでも当たるつもりはないのか、アランはひらりひらりとそれを躱し続ける。


 公務の合間にお茶でもと誘いに来たフランシスがそれに巻き込まれ、美夜が平謝りするまであと五分のことであった。



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