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「貴女、アレクシス様の人生のパートナーって本当かしら?」
「え、えぇ。そうです」
美夜がそう答えると、マーガレットはみるみるうちに目に涙を浮かべ、グローブをはめた両手で顔を覆った。
その手の内からすすり泣く声が漏れ聞こえてくる。
(本当は違うんですって言ってあげたいけど……ここは心を鬼にしなきゃ)
「アレクシス様のことは諦めてください」
「……無理よっ! だって、私の方がこの想いが叶いますようにってずっとずっと思ってたもの!」
キッと睨みつけてくるマーガレットに美夜も負けじと見つめ返す。
「アレクシス様は……アレクシス様はねぇっ!」
「私のものです!」
「フランシス様のものなんだから!」
(……え? 何か今、この場にそぐわない名前が出てきたような)
興奮して何が何だかよく分からない状態になっているマーガレットは先程の言葉が言い間違えたような感じではない。
美夜は混乱した自分の頭を落ち着かせるために一度深呼吸をした。
「あの。マーガレット様。つかぬことをお伺いしますが、マーガレット様が結婚をと心に決めておられる方はどなたでしょう?」
「そんなの、今は関係ないでしょう!?」
「いえ、なんか、ものすごく関係がある気がして……」
「そんなの、フランシス様に決まってるじゃない。なに!? 初恋は叶わないとでも言いたいわけ!? それより今はアレクシス様のことよ!」
(……んんっ? 話が大きく違うんですけど? えっと? フランシス様は師匠を想うマーガレット様を想ってて、マーガレット様はフランシス様が初恋の人で……師匠どこ行った?)
もしかして、もしかすると。
「アレクシス様がパートナー!? しかも、どこの馬の骨か分からない貴女が!? フランシス様が一番に想うのが異母兄のアレクシス様だから」
「え?」
「私はそんな道ならぬ恋に苦しむフランシス様のために黙って形式上の妻であろうと決意したっていうのに!」
「そっち!? ……あ、ごめんなさい」
口に水を含んでいたら間違いなく吹き溢していたに違いない。
ここまで盛大な勘違いというのも珍しいだろう。
(確かにフランシス様は師匠と仲良くしたいって雰囲気ありありだけど……そういう趣味はないわ。むしろ思い人であるマーガレット様にそんな風に思われてたなんて。……なんか、かわいそう)
これは早めに誤解を解いておかないとまずい気しかしない。
「マーガレット様、ちょっとここでお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「あっ! 逃げる気!?」
「いえ。ご心配なら一緒においでいただいても構いませんが」
「もちろん一緒に行くわ!」
テラスから大広間に戻ると、アレクシスとフランシスの姿を探して回った。
招待客が多く、それなりに時間がかかるかと思われたが、案外すんなりと見つかった。
「フランシス様、アレクシス様。ちょっとよろしいでしょうか?」
「あ、はい。……兄上、行きましょう」
「……はぁー」
アランは手に持っていた皿に乗ったフィレ肉の香草焼きを名残惜し気に一口で平らげた。
美夜達の会話にさりげなく耳を傾けていた大勢の招待客が、四人の歩く先にさっと道を作った。
「それで、一体どうされたんですか?」
あまり人が来ないところということで、先程のテラスに戻って来た。
もうすでに当初の打ち合わせ通りに進んでいないけれど、ここで話をこじらせてはいけないと、フランシスが美夜に話を投げる。
美夜はテラスの入口に背をもたれ掛けて立っているアランの横に立った。
「マーガレット様。私とアレクシス様は人生のパートナーとは言いましたが、結婚においてのという意味ではなく、あくまでも仕事のパートナーというだけです。彼は私の薬草学の師匠ですから」
「え!?」
「ミヤ嬢!?」
この話を知らなかったマーガレットは当然として、今回の話の要を担っていた美夜の暴露にフランシスも驚きの声を上げた。
「アレクシス様、それは本当ですか!?」
「本当だよ。僕は結婚しますとは一言も言っていないだろう?」
「そ、それは……確かに。じゃあ、私、勘違いして……」
「勘違いするように仕向けたのはこちらですから、お気になさらず。あ、そうだ。マーガレット様にフランシス様から何か言うべきことがあるみたいですよ」
「え?」
「ミヤ嬢?」
せっかく両想いだったんだから、それを早く分からせてあげることがマーガレットに要らぬ不安を持たせた罪滅ぼしにもなるだろう。
美夜はアランの腕を取ってそそくさとテラスから出た。
「師匠。あの二人、両想いだったんですよ」
「知ってるよ」
「……はい?」
「だから、知ってる。フランシスとマーガレット、二人共初恋同士でしょ?」
「なんで教え……いや、分かります。聞かれなかったから、ですよね?」
「だから言ったのに。恋愛なんてなるようになるって」
「貴方ねぇ……どうしていつもは思ったこと駄々漏らしの口のくせしてこんなことだけは聞かれないと言わないんですか」
「……さぁ?」
(自分のことでしょうが!)
美夜は丁度通りかかった給仕が持つトレイに乗ったシャンパンを取り、ぐいっと一気にあおった。
「あ」
「なんですか?」
「君、大事なコト忘れてるんじゃない?」
「大事なコト? 大事なコトなら、今、フランシス様とマーガレット様をくっつけ……あ」
大広間の人混みの向こうに見覚えのある人物がいた。
サァッと全身から血の気が引いていくのが自分のことゆえに分かりすぎるほど分かる。
その人物は初めから美夜の方を向いていたらしく、目が合ったことが分かると口元に笑みを浮かべた。
「し、師匠」
「僕、まだ食事の途中だから。頑張って」
「ちょ、見捨てないでください!」
「人聞き悪いこと言ってる暇があるなら早く逃げた方がいいんじゃない?」
「裏切り者ぉっ! バカ! 師匠のバーカ!」
焦ると途端に語彙力が低下する美夜はドレスの裾を上げ、反対側の出入り口を目指して一目散に逃げ出した。
もちろん、獲物を見つけた飢えた獣が逃すはずがない。
「……とんだ茶番だけど、美味しいモノ一杯食べれるからもう少しだけならいてもいいかな」
アランは傍を通りかかった給仕係に自分の目当ての料理をサーブさせ、後で自室に持ってくるよう言うと誰に声をかけることもなく大広間を後にした。
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