第三章

1



 転移陣っていう高等魔術を使えるのは、代々魔術適応能力が高いとされる各国の王族か、それに準ずる高い魔力を有した数少ない魔術師だけだ。


 それをやってのけた人物は今、美夜の目の前で優雅に紅茶を飲んでいる。



「アレクシス様が元々お使いになられていた斜塔は取り壊されております。なので、こちらのお部屋を使うようにとのことです」

「分かったよ」

「それでは、何かございましたらお申しつけくださいませ」



 お仕着せのドレスを着た侍女がペコリと頭を下げ、部屋を出て行った。


 扉を閉めきる小さな音がすると、美夜はアレクシスと呼ばれたアランに詰め寄った。



「何か私に言うことがあるんじゃないんですか?」

「君の叫び声のせいで鼓膜がやぶれそうだった」

「違うに決まってるでしょ! ど・う・し・て! あなたがこんな高い魔力を持っているんですか!? 私、聞いてませんよ! それに、なんで私達が転移してきた先がシストニア王国の王宮なんですか!?」



 シストニアは美夜達がいるブラッドフォードとは国を一つ挟んだところに位置している。


 開放的なブラッドフォードとは違い、シストニアは閉鎖的な国として知られ、良くも悪くも伝統を重んじる国である、というのがこの世界の知識として美夜が学んだことだ。


 カチャリとカップをソーサーの上に置いたアランは、やれやれといった様子で向かい側に座る美夜を見た。



「だって、聞かれなかったから。それに、君が言ったんじゃないか。ついてくるって」

「誰が他国の王宮に連れて行かれると思いますか! そもそも、私達はあなたの実家に行くはずで……ってまさか」

「残念ながら、ここが僕の実家なんだ。一応ね」



 肩を竦めるアランに、ジト目を返す美夜。


 王宮を実家と言えるということはつまり。



「……王子殿下、ですか?」

「妾腹のね。ちなみに、危篤らしい弟は正妃腹だ」

「らしいって……そうだ! その弟さんはどこです? 早く会わせてもらわなきゃ」



 美夜はガタリとイスを揺らして立ち上がった。


 けれど、アランは紅茶と一緒に用意された茶菓子いれに手を伸ばし、中身を物色している。


 自分の弟の一大事だというのに、急ごうとする気配は全くない。


 それに焦れた美夜がアランの椅子の後ろに回り込むと、ようやく口を開いた。



「この雰囲気を見て分からない? あの手紙はウソだったんだよ」

「ウ、ウソ? 何のために?」

「さぁ。それより君もどう? チョコ美味しいよ」

「後でいただきます。それよりも、弟さん問題が緊急を要するものじゃないなら……」

「彼、今頃血眼になって探し回ってるね」



 美夜の脳裏に、クリスのあの狂気すら感じられる瞳がよぎった。


 そうしている間にも、菓子入れの中の菓子はどんどんアランの胃袋の中に収められていく。



「どーしてそんな冷静でいられるんですか!」

「だって、君と彼のことでしょ? 口出ししちゃいけないかなって」

「そこは口出ししてくださいよ!」

「前に僕が口出したら君、怒ったじゃないか」

「……ちなみに、いつどこで何て言ったんですか?」



 そんな記憶はない。


 もしかしたら忘れているだけかもしれないと、美夜は念を入れて聞いてみることにした。



「いつ……確か、君から恋人のフリを頼まれてしばらくしてからたまたま街に行く用事があって、その時ばったり彼と会ったんだ。その時、やたらと君がどこにいるって聞いてくるもんだから、面倒になっちゃって。……あぁ、これは違ったか」

「続けてください。面倒になっちゃって?」



 嫌な予感がする。


 アランが面倒になった時にやることはほとんどが両極端だ。


 無視か、あるいは。


 どうか無視の方であってくれと、美夜は心の中で祈った。



「彼女は今、僕の家のベッドの中で丸くなって寝てるから、子供は気にせず家にお帰りって」

「言ったんですか!?」

「言った」



 無慈悲にも、アランは後者をとっていた。


 それは彼の持つ最悪の凶器ともいえる、思った端からなんでも垂れ流す我慢ができない口による口撃だ。


 しかも、今回はクリス相手には特大級の衝撃を与えることになっただろう。



「なに真顔で言ってんの! そんな含みのある言い方して!」

「どうしてさ? 事実だろう?」



 アランは美夜の思わず取れた敬語にも気にせず、むしろ何故自分が非難されているのかも分かっていないのだろう。


 むすっとした顔で紅茶を入れ直したカップに口をつけた。



「せめてもう少し言葉に適切なものがあったでしょうが! 僕の家の別室のベッドの中で寝てるとか! 仕事して疲れたから仮眠をとってるとか!」

「そんな昔のこと、ほじくり返しても無駄だよ」

「……ん、んーっ!」



 あぁ言えばこう言う。


 そういえばそういう人だったと美夜が悔しがっても、アランに口で勝てることはない。



 キーッと腹立ちまぎれに脚を一人踏み鳴らしていると、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。



「兄上?」



 ドアの向こうからひょっこり顔を覗かせてきたのは、どこかアランに似た青年だった。



「……えっと」

「生霊だな」



 美夜はその言葉に首を傾げたが、ややあって、アランの弟が死にそうになっているというアランが嘘と断じた知らせを思い出した。


 確かに、似た顔立ちは兄弟だと言われればしっくりくる。


 青年はアランにそう言われ、眉を下げるという困り果てた表情を浮かべつつ部屋の中へ入ってきた。



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