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「初めまして。僕はシストニア第二王子、フランシス・ディア・シストニアといいます」

「こちらこそ初めまして。師匠、じゃなくて、アレクシス?様の元で薬師の修行とその他諸々の雑事をしておりましたミヤと申します。本日はこのような質素な服で謁見することになり、申し訳ございません」



 金髪碧眼の王子様然とした姿はまるで絵本の中の王子様そのものだった。


 物腰が柔らかく、自分の方が上位であることは間違いないにも関わらず、相手に対しての礼儀も忘れない。小さい頃のマクシミリアンがここにいるならば、振舞い方を彼から学び取りなさいと丸投げしていたかもしれない。


 そんな彼の前に、お忍びだったこともあって生成りの袖付きワンピースで現れてしまって、なんだかすごく居心地が悪い感じを美夜は覚えた。


 以前この世界にいた時、王宮でマクシミリアン達に勉強を教える前に美夜自身も必死に短期間で勉強し、習得した。マクシミリアン達に教えるそれらの教材とはまた別に、美夜自身が習得しなければいけないもの、女性としての礼儀作法の中にお辞儀の仕方も含まれていた。


 美夜の肩書上、どうしても貴族達から注目されるのは間違いない。そんな時に必要ない誹りを受けずとも済むようにと特別にウィリアムが美夜にも教師をつけてくれていたのだ。その成果は上々。


 使わなかった、使う必要がなかった五年が経っても、その動きは忘れることがなく。フランシスに他の令嬢と比べて見劣りを感じさせないお辞儀を披露することができた。



 しかし、美夜の態度に不満というか、不思議がる人物が一人。



「どうしてミヤが謝る必要があるんだ? 呼びつけたのはそっちだろう?」

「師匠。あなたほんっとーにいつかその口が原因で刺されますよ? 今回だって、十分クリスの導火線に火をつけまくって来たんですからね?」

「酷いとばっちりだ。君だって、見つけた導火線に片っ端からつけまわってたくせに」

「やめてください! それ以上言わないで! 焦ってとんでもないこと言っちゃった気しかしてないんです。婚約者の件を口走ったのは完全に私の失態です」

「まぁまぁ、落ち着きなよ」



 手を大きく左右に振り、それ以上は聞きたくないと拒否する美夜。


 アランもそれ以上は追い詰める気もなく、菓子入れに再び手を伸ばした。



「ほら、チョコ食べる?」

「だから後で頂きますって。しかもなんでチョコばっかり推すんですか。他のも選ばせてくださいよ」

「もうチョコしかない」

「なんてこった」



 これで全く太っていないというんだからどうかしてる。


 自分達は甘い物を食べたくても我慢しているのにあまりにも理不尽だということで、この世界の乙女の敵認定待ったなしだろう。


 ちなみに美夜の中では、もう太る太らないの問題ではなくて、それら全て一度に食べてどこに吸い込まれてるのかという方が気になる。そんな見てくれの疑問なんて、料理を初めて作って出してから一月で消え失せた。



「―――な」

「え?」



 美夜とアランがフランシスそっちのけで話し込んでいると、フランシスがふっと何かを呟いた。


 美夜が聞き返すと、フランシスは苦笑いで首を横に振った。



「いえ、なんでもありません。……それにしても、お二人共仲が良いんですね。僕、兄上がそんな風に誰かと親し気に話すところ、初めて見ました」

「そうなんですか?」

「はい。他の者は皆、兄上を見ると逃げ出しますから」



 フランシスがアランの方に視線を移すと、アランはフイッとあらぬ方を向いた。


 明らかに視線を避けている。



「……何かその人達にしでかしたんですか?」

「何も? あぁ、外務大臣には助言ならしてあげたかな?」

「助言? どんな?」

「“すでに棺桶に両足突っ込んでるのに、ズラを気にするくらいなら、まだ山積みになってる書類の束を気にしたらどうだ?”だったかな? 会議中にやたらとズラをいじるものだから」

「……それで、外務大臣はなんて?」

「ただ黙って顔を伏せていたよ。会議が終わってからはそそくさと部屋を出て行って、彼の姿はそれっきり見なくなった」

「あなたの口は本当にとんでもない凶器ですね。確かに会議に集中しないのは悪いけど、公衆の面前で暴露された外務大臣に同情します」

「どうして? 僕はただ助言を」

「助言というならば、私、いつも食事の時、好き嫌いしないでくださいって言ってますよね? あなたが嫌いなものを慣れさせるためだって、私が料理にそればっかりだしたらどうですか?」

「鬼畜だな、君は」

「あんたに言われたかないですよ。今、私が例に出したのとあなたが実際にしでかした事、断然あなたの方が酷さ具合では勝ってますからね? 言葉だけか、行動だけか。それだけの違いしかないのに、雲泥の差があるってある意味すごいですよ」

「それほどでも」

「何故今ので褒められたみたいな受け答えしてんですか」



「……フフッ」



 小さな笑い声がして、そちらの方を向くと、フランシスが口元を上品に押えて笑いを堪えていた。



「王子殿下?」

「ご、ごめんなさい。笑ったりして。……あぁ、僕、用を思い出してしまいました。もう行きますね? その代わり、晩餐は一緒に取りませんか?」

「えぇ、私は構いませんが」



 なんとか笑いを納めた彼は、椅子から立ち上がりながらそう提案してきた。


 別に王子自らの誘いを断る理由もない。


 美夜は承諾の意を伝えた。


 残るはテーブルに肘をついているアランだけ。



「僕はここでいい」

「えっ! でも、私だけご一緒するのはさすがにマズいですよ。一応他国の人間ですし」

「僕も今では他国の人間だよ」



 他国の人間だとアランが口にした瞬間、フランシスの表情が一瞬翳りを見せた。


 何を考えているか分からない小さな子供と大きな子供を一人ずつ、後は何でも顔に出る素直な子を一人面倒みてきた経験がある美夜にしてみれば、この表情の変化は見過ごせない。


 クリストファーなんか、今でこそある程度表情が出てきたが、小さい頃は父親に対する怯えの表情以外は大差なかったものだ。


 だからこそ、こういう負の表情から考えられるのは見逃してはいけないサインとなる。



「分かりました! 私が引きずって行きます!」



 美夜はアランに反論の余地を与えないほど強く言い切った。


 それに安心したのか、フランシスの表情は先程よりも随分和らいだ。



「ありがとうございます。それではまた後程」

「はい」



 フランシスは美夜とアランに軽く頭を下げ、足早に部屋を出て行った。



「ミヤのお人好し」

「何か言いました?」

「ミヤのお人好し」

「……」



 美夜は皮肉混じりに聞き返したつもりだったのに、本当に繰り返してくるのがアランだ。



(まぁ、お人好しの自覚がないわけじゃないから、ここは甘んじて受けておこう)



 とりあえず、菓子入れから残りのお菓子のうちの一つを確保しておくことを美夜は忘れなかった。



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