次期宰相様はご執心です

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　翌日、案の定仕事部屋に籠（こも）ろうとするアランを、美夜は羽交（はが）い締（じ）めにして止めた。

　アランは一度研究に没頭（ぼっとう）してしまえば自分の興味がひかれることが傍（そば）でない限り、てこでも動かない。そうなってしまえば、さすがに美夜とて彼をここから連れ出すのは不可能に近い。

「まったく。子供じゃないんですから、自分が言ったことには責任を持ってくださいよ」

「人間はみんな誰かの子供じゃないか」

「そういうのを屁理屈（へりくつ）だというんです！　こうしている間にもクリスが」

「僕が、何ですか？」

　美夜がアランの手を引っ張って仕事部屋から出していると、冷ややかな声音が入り口の方から聞こえてきた。

　当然、横にいるアランの声ではない。アランはといえば、突然聞こえてきた自分達以外の声に、片眉を吊（つ）り上げているだけだ。

　美夜はサーっと血の気が引いていくのが自分でも分かった。

「ミヤ」

　美夜とアランの前に顔を見せた侵入者は、二人が手を取り合っているのを見て、より一層声を地に這（は）わせた。

　思わず引いてしまう美夜の足に、アランの足が当たる。

（ちょ、ちょっと。冗談（じょうだん）キツイってば。……マクシミリアンは何をやっているのよ）

「二人で、何を、しているんですか？」

「なに、って」

「見て分からないかな？　手を繋（つな）がれてる」

「貴方（あなた）には聞いていません」

「君が聞いたじゃないか」

　明らかに怒気を露（あらわ）にしているクリストファーに、アランはまるで火に油を注ぐような真似をやってのける。

　これでは平和に話し合いで解決できるどころか、下手をすればまたこの家を大修理してもらわなければならなくなる。

「師匠。ちょっと話がこじれて行きそうな気がするので、少しの間黙っておいてくれますか？」

「それは酷い言い草じゃないかな？　ここ、僕の家なんだけど」

　それでもアランは肩を竦（すく）めた後、大人しく壁（かべ）の花となるべく壁にもたれかかった。

　それをクリスは冷ややかな目で見つめている。しかし、それも数舜（すうしゅん）のこと。すぐに美夜の方へ視線を戻した。

「それで？」

「とりあえず、久しぶりね。クリス」

「貴女（あなた）が帰らなければ久しぶりに会うなんてこと、ならずにすんだんですけどね」

「そ、んなこと言われても。……あ、そうだ！　マックスから聞いたわよ？　仕事頑張ってるそうね。偉（えら）いじゃない！」

「当然でしょう？　上に行けば行くほど、貴女を連れ戻した時に横からとやかく言ってくる者が減るんですから」

「えぇっとぉ！　そうそう！　伯爵令嬢との婚約、おめでとう！」

「……貴女が、それを言うんですか？」

「そ、それじゃあ、私達、これから師匠の実家に行くことになったから！　また帰ってきたら、その時はゆっくりお話しましょう。だから、今日はもう帰ってお仕事ちゃんとしなさい。ね？」

「……実家。実家に行って何をするつもりなんです？」

「何をって……師匠の弟さんが危篤なんだって。だから、薬を作れるかどうか様子を診（み）に」

「そんなの、その人一人で行かせればいいじゃないですか。何故ミヤまで行く必要があるんです？　それともなんですか？　他にも行く理由があるとでも？」

「私はただの助手よ。この人、言わなくていいことまで言って余計な波風立てるから」

（実は、ある人から逃げるためなの……なぁんて、本人目の前にして言えるわけないでしょ！）

　美夜が慌（あわ）てふためきながらクリスに返す様子を見ていると、段々とドツボにはまっている気がしてならない。

　それを見かねたのか、アランが美夜の腰に手を伸ばした。

「うわっ！　脇腹（わきばら）はダメ！」

「暴れないでよ」

　美夜の身体がグイッと引き寄せられると、クリスの眉もさらに引き寄せられ、さらなる冷気を身に纏（まと）い始めた。

「ここで言い争っていても時間の無駄だし。彼は放っておいて先に行こう。それからさっさと終わらせてとっとと帰ってくるから、その後思う存分話し合ってよ」

「貴方達が帰ってくる保障なんて、どこにもないでしょう？　特にミヤは」

「……帰ってくるわよ？」

　美夜がたぶんと心の中で付け加えたのを察知したのか、クリスは美夜へ手を伸ばしてきた。

　それをアランは美夜の身体ごとするりと躱（かわ）す。

「どういうつもりです？」

「さぁ？　とにかく、君はミヤの言うことを聞いて、しっかり仕事に励（はげ）んでおけばいいんだよ」

　美夜とアランの足元が急に光輝きだした。

「ちょ、ちょっと待ってください！？　師匠、あんたまさか！」

「ちゃんと掴まってないと知らないよ？」

「詐欺師（さぎし）！　鬼！」

　美夜の想像はきちんとアランの行動の意図をくみ取っていたらしい。否定どころかありがたい助言まで頂けちゃったくらいには。

　ちょっとぐらい悪態ついても、これはまだ許されるはずだ。

「ミヤ！」

　クリスが美夜の手を取ろうと手を伸ばすも、一歩及（およ）ばず。

　美夜の叫（さけ）びが、足元に現れた転移陣に美夜とアランが完全に吸い込まれるまで家中に響き渡った。

　その転移陣すら消えてしまった床に手を当て、クリスは血がタラリと一筋流れ落ちるほど唇（くちびる）を噛み締めた。

「赦（ゆる）さない。私の前から二度もいなくなるなんてこと。もう、絶対に逃がさない」

　美夜達が転移した先を探っているのか、床をまるで舐（な）めるように仄暗（ほのぐら）い瞳で見入っている。

　そしてしばらくすると、素早く立ち上がり、足早にこの家を後にした。