3



(後ろを指さしておきながら、実際あったの部屋の外ってどういうことよ?)



 ようやく手紙を探しあてた時、もう日暮れがせまっていた。


 家の中を片付けるのは明日にして、とりあえずご飯と風呂の用意をすることにした美夜はシャツのそでをまくる。


 先に風呂を掃除して湯を張り、アランを風呂場へ繋がる脱衣所へ押し込んだ。

 頭の天辺から足の爪先まで綺麗にするまで上がって来ないようにと言いふくめ、美夜はキッチンへと向かった。



(やっぱりというかなんというか、綺麗なのよねぇ)



 キッチンは久々に見たというのに、美夜がアランのために料理をしていた時と全く変わらない。


 まぁ使っていないのだから、さもありなん。ほこりが多少かぶっているけれど、使ったままの物が放置よりかは格段にマシだ。


 かろうじてお風呂場は使った形跡けいせきがあるけれど、それでも他の散らかりようを考えると、段違いで綺麗に整頓せいとんされていた。


 冷蔵庫の代わりである貯蔵庫を開けてみると、中には大きなかたまりでチーズが一つ、ワインが二本。それだけ。

 人間辞めるつもりですか?と言いたくなるほどご飯になるようなものは入っていなかった。



(仕方ない。今日はチーズとパンでチーズフォンデュにしよう)



 ルイーズに大量にパンをもらっておいて良かったと、美夜は胸をなでおろした。


 足りないと文句を言われるかもしれないが、それは貯蔵庫に何も入れてないアランが悪い。


 貯蔵庫からチーズと白ワインを失敬し、テーブルの上に置いた。鍋を火にかけ、その中に細かく刻んだチーズと、ワインを適量ずつ入れていく。これを一気に入れてしまうと、美味しくなるどころか、分離してしまって見るも無残な料理が完成することになるので要注意だ。


 美夜はすでに初回でやらかしている。


 けれど、幸いというかなんというか、経験を重ねるための回数は確保できたので、段々とコツを掴み、今ではまぁ食べられるものになってきた。



「よしよし」



 全部入れ終わったところで最後の締めとして一回グルンとふち沿ってかき混ぜ、溶け残りがないか確認する。どうやらその心配もなく溶けきったようだ。しばらく煮込むために、ふたをして弱火にかけた。


 その間にパンの準備を。ルイーザから貰ったパンはこれまた幸いにもチーズフォンデュにしても問題なさそうなパンばかりだったので、全て食べやすい大きさに切って皿に盛りつけた。


 それからキッチンへ戻り、火をさらに弱め、テーブルに鍋を置くための鍋敷きを用意する。


 後はアランが風呂から上がるのを待つだけだ。



「チーズの匂いがする」



 美夜が椅子に座って一息ついていると、アランが寝間着にショールを羽織はおってキッチンに顔を出した。



「いいタイミングで……って、頭びしょれのままじゃないですか! まったくもう!」

「そのうち乾くよ」

「何言ってるんですか! 風邪ひきますよ!?」



 椅子に座らせて、頭にかけていたタオルで水分をぬぐっていく。


 そのすきに、アランはフォンデュ用のパンの皿から一つ二つとパンを取って口に入れ始めた。


 アランは三食忘れて研究に没頭ぼっとうするくせに、いざ食べる時はブラックホール並みに食べる。なので、美夜は毎回食事のメニューに困らされる羽目になるのだ。



「で? どうしたの?」

「え?」

「五年も姿を見せないなんて。死んだかと思ってたよ」

「縁起でもないこと言わないでくださいよ! 元の世界に戻れてたんです。今日の昼までは」

「……幽体ゆうたい離脱でもしてる?」

「違います! れっきとした生身です! ……マクシミリアンにまた召喚されちゃったんですよ」

「ふぅん。あのヘタレがねぇ」

「……師匠。それ、聞く人が聞いたら、牢屋行き確実のやつですからね?」

「大丈夫。今は君だけだし、君は僕を牢屋に入れようだなんてこと考えない」

「……まぁ、そうですけどね。そうなんですけど……なんだかなぁ?」



 師弟間の信頼関係は必要だと思うし、とても尊いものだとも思う。けれど、美夜は上手く言いくるめられているような気がして、モヤッとした何かが胸のうちに残った。


 半ば仕返しのように、最後の一きは手荒くぬぐい取った。



「そういえば手紙、見つかりましたよ」

「見つけなくていいのに。そのまま暖炉だんろの火にくべちゃった方がまきの足しになるかもよ?」

「なりませんよ、紙の数枚なんて」

「……そんなに行かせたいの?」

「だって、弟さんが危篤だなんて。師匠なら治せそうな薬とか、作れたりするかもじゃないですか」

「……はぁ。分かったよ」



 治療術という魔術もあることにはあるが、そもそも魔術を扱える魔術師達は大半が貴族に囲われており、一般人の治療はもっぱら普通の医師や薬師がするのが一般的なのだ。


 渋々といった感じで溜息をつくアランに、ミヤはチーズが入った鍋を差し出す。アランは手に取ったパンをそのチーズにからめ、口にいれた。


 細い体しておいて大食漢なアランには食べ物でるのが一番だ。


 しかし、アランの方も大人しく釣られるわけではない。



「ただし、ミヤもついてくるならね?」

「はい? ……いいですよ?」



 アランは知らなかった。


 今までの美夜といえば、本来の職務上、ほんの少し遠出をするにも、マクシミリアンやクリストファー、ひいてはウィリアムやレイモンドにおうかがいを立てなければならなかった。


 けれど、今の美夜は違う。ある意味逃亡者だし、王宮の側を離れられるなら願ったりかなったり。


 美夜がうんと頷くとは思わず、目論見もくろみが外れたアランは片眉かたまゆをあげ、遺憾いかんの意を表した。



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