第一章

1


◇◆◇◆◇



 絢爛豪華けんらんごうかな調度品であふれた居室は内装もまた見事なものである。


 美夜はここがどこであるのか理解すると同時に、深く溜息ためいきをついた。


 ここは美夜が以前・・使っていた部屋だ。

 大半の調度品はとある人物から送られたものであり、美夜自身も調度品の良し悪しなど使えれば良かったので送られるがままに受け取り、使っていた。



(さて、あの問題児はどこにいるのやら)



 とりあえず自分をここに呼び出した手紙の主──マクシミリアンを探しに部屋を出ようとした時だった。


 部屋のとびらが勢いよく開かれ、一人の青年が転がり込んできた。

 ハァハァと息をつくその姿に、一体何から逃げてきたんだと思わずにはいられない。


 生憎あいにくと水分補給できそうなものはここには置いていないが、背中をさすってやることはできるだろうと、美夜はその青年に近寄った。



「あの、大丈夫?」

「……ミ、ミヤ?」



 あらゆる種類の光を受けて輝く長い金髪を高く結い、今にもこぼれ落ちそうな双眸そうぼうはサファイアというよりもアウィナイトの輝きに近い。細いが決してガリガリなわけでなく、程よくきたえ上げられているのだろう身体は美夜が覚えているよりもさらに成長している。


 しかし、身体の方は幾分いくぶんか大人びても、生来の泣き虫っぷりは今でも変わらないらしい。 

 現に、今も部屋の中にいるのが美夜だと分かった瞬間、青年──マクシミリアンは涙をボロボロとこぼして抱き着いてきた。



「あ、会いたかったよぉ!」

「ちょ、分かったから! 苦しいからはなして!」



 もう昔のように小さな子供ではないのだから、そこら辺の力加減はしっかり覚えて欲しいところだ。



(そりゃあ、小さい頃は二人がかりで飛び込んでこられても受け止めきれるくらいの力はあったけど。もうこの体格差になれば一人でも無理だわ。下手すりゃ圧死する)



 やっとの思いで引きがしたマクシミリアンの手を引き、やわらかいクッションのきいた猫脚ねこあしソファへと座らせた。

 その隣に腰かけると、マクシミリアンはここぞとばかりに頭をり寄せてきた。まるで大型犬のような甘え方に、美夜もよくほだされ、頭を撫でていたものだ。


 ……が。


 今はまず先に問い詰めることがあった。


 美夜の手が自分の頭に乗せられる雰囲気を察したのか、マクシミリアンはいそいそと頭を低く下げた。しかし、その美夜の手が頭を撫でることはなく、それどころかグイッと押し剥がしにかかった。



「……ミ、ミヤぁ」

「今はそれよりも先に言うことがあるでしょ?」



 一瞬ポカンとするマクシミリアンだったが、思い当たる節に考えがたどり着いたのか、身体ごと美夜の方へ向き直り、バッと頭を下げた。



「また召喚しょうかんしちゃってごめんなさい!」

「……ハァ」

「許してくれる?」

「許すも許さないも、ここまで来ちゃったら仕方ないでしょ? それよりも、なに? あの手紙の量は。あれじゃ、あなたもあの子と大して変わらないわ」

「だ、だって……」



 指でひざの上に丸を描く姿は子供の時なら可愛かわいかった。だが、成長した今ではどうか。いくら見目が極上の部類に入るとはいえきついものがある。それがこの国──ブラッドフォード王国の王太子殿下ならなおさら。


 口をへの字に曲げ、不服だということを顔中で表現しているこの青年・マクシミリアンこそ、美夜が二年前、十五年間にも渡る異世界生活に終止符しゅうしふを打ったはずの王国の次期国王であるというのだから、この国の未来がまたもや心配になってくる。


 美夜はもう一度、ハァッと深い溜息をついた。


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