一幕 傾奇者

その後、彼は織田家を継いだ。


強敵今川義元率いる遠江国を破った後、尾張を平定することとなる。


途中土田御前に嗾けられた信行が二度謀反を起こすが、これも徹底的に叩き潰した。

兄弟の謀反に眉を動かすことなく、冷静に軍勢を動かしたそうだ。

その姿に、信長の家臣団は修羅を彼の背に見た。


一度目の謀反を潰した後、土田御前の取りなしで信行はその罪を赦された。

あっさりと赦したその様子に、戦場での彼の姿を見た家臣団は全員首を傾げた。


「膿は出たか」


母親に絆されたのかと思いきや、二度目の謀反を信行が起こした際に、信長がそう言い放ったのを聞いて全員が得心する。


彼は必要な家臣とそうではない家臣を見極めるための試金石として信行を利用したのだと。

事実、二度目の謀反時に信行の忠臣・柴田勝家を、彼は取り込んでいた。


国内平定後、彼は楽市楽座を発布する。安土内の自由取引を保証したこの制度に、商人は次々と集まり市は活気溢れる姿となった。


風の噂で、「当代随一の舞手」「傾奇者」という言葉を耳にする度、信長は一人笑っていたという。


『楽に動けぬ身なれば、観に行くことがきず非常に残念だ』と、妻である濃姫に零していたとか。


「なればその舞手を呼べば良いではないですか」という至極もっともな言葉に、「あれは野にいてこそ輝く舞手よ」と自慢げに言ったという。


その舞手に並々ならぬ思い入れがあるのだろう、と聞いていた濃姫は思ったとのことだった。


やがて、信長は「天下布武」の旗を背負って更なる躍進を遂げた。


……けれども不幸なことに天正10年6月2日、家臣明智光秀の謀反に遭い、夢半ばにしてその生涯に幕を閉じることとなった。


うつけ者、そう呼ばれた彼は若い頃自由気ままに振る舞うことを愛していた。


それは人並みならぬ才を持って生まれた彼が、この世に飽いていた時に出会った舞手の影響だとは、誰も知ることはない。


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