一幕 傾奇者
それから、暫く時が経った。
母である土田御前が妙に機嫌が悪いとは、彼の手駒から聞いている。
……恐らく、性懲りも無く何か仕掛けてくるだろう。
あるいは、信行を直接けしかけてくるか。
けれども、それもどうでも良かった。
あの日、既に彼の中で親子の縁と決別した。
いずれその日が来たのなら、容赦無く叩き潰せば良い。
もしくは全てを放り出して一層の事、この国を出て彼女のように全国津々浦々旅をしてみようか。
……それも、楽しそうだ。
そんな未来を考えていると、平手が部屋に入って来た。
「失礼致します。何やら、信長様には良い事があったようですな」
「ふん、まあな。……それで、じい。何用か?」
「信長様宛に、書状が届きまして。お渡しするか迷ったのですが……」
「見せてみろ」
ひったくるように、平手から書状を奪う。
それは、出雲から彼への招待状だった。
読み進めるごとに、彼は御満悦の笑みを浮かべる。
「出かけるぞ!じい」
全て読み終えると、信長は書状を放って外に出た。
「な、お待ちくだされ!信長様……!」
彼の後を、平手が慌てて追いかける。
……まさに、いつもの光景がそこにはあった。
信長は平手を連れ立って馬に乗り、街にむかった。
「一体、何があったのですか?用があるのであれば、臣下の者どもに……」
「阿呆。我の代わりに舞を見てこいと言うて、我に何の得がある?」
「ははあ……以前に言っていた舞手のことですか?」
「そうだ。当代随一の舞手じゃ」
街に辿り着くと、下馬をして街中を歩く。
以前よりも、活気のある町。
人の数は変わらないが、皆、どこか晴れ晴れとしているようだった。
どうやら、彼女の言う通り呪はこの国のあちらこちらに降りかかっていて、それが原因で稲作も不作だったようだ。
その後に植えた野菜類は驚くほど順調に育っているらしく、今からそれの収穫が楽しみだそうだ。
ふと、町の中で一層人が集まっている場所が目に映る。
彼は迷いなく、ずんずんとそちらに向かった。後ろから、平手が慌てたようについてくる。
輪の中心には、正しく出雲がいた。
「人の世は常ならぬ。どうせ踊らされるのであれば、踊りましょうぞ。歌いて、いざ、かぶきましょうぞ」
彼女は彼が見た舞だけでなく、飛び跳ね感情を表す『踊り』を踊っていた。
時には、自身が男となり茶屋で遊ぶ様を演じて見せたりもしていた。
人々は彼女の踊りを囃し立て、時に魅入っている。
「……あのような、踊りなどと……。若が見るに値しないと思いますが」
演じる彼女の姿を見て、平手は眉を顰めていた。
「面白いではないか」
ケラケラと、彼は笑ってそれを見ていた。
「若!私は若を思って……!」
「黙ってみておれ」
平手の諫言を跳ね除け、信長はただただ出雲を魅入る。
人々の歓声が熱を持ち、場に一体感を齎す。そして、それが更に彼女の踊りを引き立て、揺さぶられる。
「よっ!大和一!」
「もっと踊ってくれー!!」
彼女が動きを止めると、見ていた者たちから次々と続けるよう催促の声が上がっていた。
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