一幕 傾奇者

彼女は、背を向けた法師にそれ以上近づくことなく……代わりに舞扇を空にかざした。


瞬間、真白い光が彼女に降り掛かる。

光は彼女に吸い込まれるように一瞬にして収束した。


……綺麗だ。


傍目から見ていた信長は、その様に見惚れる。


何の変哲もない、平凡な顔つきであった女。奇抜な格好に注目を集めるが、けれどもそれだけだった。それだけの筈だった。


それが今、圧倒的な存在感と共に見たことのないような美しい姿になっていた。

あまりにも美し過ぎて、いっそ神々しく感じられるほど。


信長がその姿に魅入っている間に、彼女は動き出す。


ヒラリヒラリと扇が揺れた。

ふわりと身体が動く様は、まるで重さを感じさせない。

かと思えば、場を切るように鋭く動く。


彼女自身が華であり、彼女自身が『舞』そのものだった。


その動き一つ一つに、心が、魂が揺さぶられる。


この場にいる誰も唄を口ずさんでいないというのに、彼女の動きに合わせるように、まるで空気が歌っているかのようだった。


知らず、信長の目には涙が浮かんでいた。

けれども、目の前の美しい光景から一瞬たりとも目を背けたくないと流れるままにしている。


彼女が舞を続けると、法師の様子が変わった。


「や、やめろ……!」


金切り声をあげ、必死に手をバタつかせる。

足が動かないのか、這うように必死に方陣の外に出ようともがいていた。


黒い靄が方々から、彼の元に集まる。


「……やめてくれぇぇぇ!」


けれども、彼女の舞は止まらない。

そこだけ次元が切り離されたかのような、別世界だった。


……やがて、黒い靄が彼を覆い尽くした。


朝日が、昇る。


強烈で清冽な光が地平線を照らし、彼女自身をも照らす。

極楽というものがあるのならば、今この瞬間がそれだった。


「……お粗末様でした」


時を忘れ、完全に魅入っていた彼に彼女は笑いかけた。


もっと見たい、もっと舞ってくれ……そう言いたいのに、心が一杯で声にならない。


「もう、お前さんは大丈夫。呪いは全てあいつの元に返ったさね。ほら、いつまでも突っ立ってないでさっさと山を降りることだ。朝になって姿がなかったら、お前さんの周りの者が心配するさね」


パン、と出雲は彼の肩を軽く叩いた。

それで、やっと信長は我にかえる。

いつの間にか、彼女の姿は元に戻っていた。


「……お主は……?」


「この国に既に靄はない。何日か興行したら、いずれ出て行くさ。……大丈夫、出て行く前にお前さんをちゃんと招待して最高の舞台をお目にかけるさ。約束したろ?」


「そうだな」


もっと一杯色々話したいことがあったというのに、彼女の笑顔を見ていたら全てがどうでも良く思えた。

今はただ、再び彼女の舞を見る事ができるのであればそれで良いとすら思う。


「また、な。お主の舞を楽しみにしておる」


清々しい彼の笑みに、彼女もまた、ニコリと笑った。

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