一幕 傾奇者
やがて、山の頂近くに辿り着く。
崖に向かって、一人の男が座り込んでいる姿があった。
墨染の直綴(じきとつ)に、五条袈裟を肩にかけ、白脚絆。
頭には網代笠を被り、脇には頭陀袋それから行李が置かれている。
暗闇の中だと言うのに、男の姿ははっきりと信長の目に映る。
その姿、チラリと見えた横顔は正しく昨日土田御前と話していた法師そのものだった。
「ああ……」
信長は、疲れたように息を吐く。
「やはり、母上だったのだな」
泣き出しそうな声色だというのに、その顔に浮かべるのは笑み。
辺りの黒い靄は一層濃くなり、信長ですら見えるほどになっていた。
「……納得したか?」
「ああ。心残りはもう、ない。もう、疲れた」
覚悟はできていた。
既に、一度絶望した。
それ故か……事実を突きつけられても、心は驚くほど凪いでいた。
「そうか……」
出雲は、微笑んだ。
次の瞬間何を思ったのか半纏を脱ぎ、その辺りに放った。
そして、着物の上半身を脱いで肩を出す。サラシを巻いた胸元を見て、初めて信長は出雲が女子だということに気づく。
女子が何という格好を……!と叫び出しそうになったが、生憎とその気力が既に彼にはない。
彼女は彼の頭をガシガシと乱暴に撫でると、一歩前に踏み出した。
歩を進める度に、袖がダラリと腰のところで揺れていた。
「……何奴だ?」
ブツブツと何やらを呟いていた法師が、彼女の存在に気がつく。
「お前さんの後始末に来たものさ。全く、こちとら興行したいというのに、お前さんがあまりにも下手くそで、あちらこちらに呪を撒き散らかしてくれたおかげで、それどころではなくなっちまったさね」
「……お前も、呪い師か?」
「いやいや、私は舞手さ」
パン、と扇を彼女が開いた。
「……おっと、その方陣から出ぬ方が良いぞ。既に呪いは完成間近。そのような時に途中で放って出たら……どうなるか、お前さんにも分かっているだろう?」
一歩踏み出した法師に、彼女は忠告した。
図星だったのだろう……法師は苦々しい表情を浮かべると彼女に背を向けて、再びブツブツと呟き始めた。
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