一幕 童子
城内に忍び込み、信長は二人の後を追った。
二人が入った室内を、覗き込む。
奥には、土田御前とその後ろに控えるように侍女が座っていた。そして、手前……法師の姿を見た瞬間、ざわりと信長の心が騒いだ。
あやつ、何者だ……?と。
特段、おかしな格好をしている訳ではない。
墨染の直綴(じきとつ)に、五条袈裟を肩にかけ、白脚絆を履いている。
脇には、網代笠と頭陀袋それから行李が置かれていた。
……何てことはない、旅装の僧侶だ。
昨日出会った出雲の方がよっぽどおかしな格好をしている。
けれども、何故だかこの法師と呼ばれている僧侶を見た瞬間、飛び抜けて危うい奴だと、彼の五感の全てが警鐘を鳴らしていた。
土田御前が、一体このような危うい男に何を望むというのか……。
本心では一刻も早くこの場を後にしたいと思っていたものの、その思いを抑え込み、彼らの会話に集中する。
「ほほほ……して、法師殿。首尾の方はどうでしょうか?」
土田御前が機嫌良く、法師に尋ねる。その声色は、先ほどの信行との会話でのそれとは全く違う、毒の孕んだようなもののように信長には感じられた。
「上々。間も無く、我が術は完成しましょう。既にその兆しは見えております」
「それは良い。……我が子が城主を継ぐのに、禍根は少ない方が良い」
「……明日の夜、最後の仕上げに入ります」
「ほう……そうか。それは良い」
コロコロと土田御前は、笑う。
「約束の報酬は……」
「明後日の朝、私の願いが成就したのを確認した後に渡しましょう」
「なるほど。では、明後日の朝に私は再び参りましょうぞ。本日は、これにて……」
「もう少しゆるりとして行けば良いものを」
「本日は報告と、報酬の確認に参ったのみ。術とは繊細なもの故、できれば片時も目を離したくないのです」
「なるほど。……では、明後日を楽しみに待っております」
「良いでしょう。では、これにて失礼致します」
法師が部屋を出る時に、信長もその場を後にした。
そのまま、信長は城をも出る。
行きとは違い、彼はあぜ道を走った。
走って、走って、息切れをしたところで、その場に蹲る。
いつの間にか太陽は傾き、地平線を紅く染めていた。
「ぐっ………」
再びいつもの痛みが身体を襲い、胸を押さえる。
今日は間隔が空いた分、余計に痛みが大きいような気がした。
浅い呼吸を繰り返す。
「……おや、そこにいるのは……」
聞き覚えのある声に、震える身体に活を入れ顔を上げた。
果たしてそこにいたのは……出雲だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます