一幕 童子

舞が終わっても、吉法師は呆然としたままだった。


「お粗末様でした。……どうだったさね?」


出雲の問いかけに我に返ると、先ほどまで自身が魅入っていたという事実に、無性に腹が立った。


「ふん……お前の舞など見れたものではなかったわ!」


「そうか?吉法師のココに皺がなくなったんだ、私の舞も捨てたもんじゃなかろう?」


苛立ちをぶつけられた出雲は、けれども笑って眉間を指差す。


バッと、吉法師は隠すように慌てて両手で眉間を抑えた。その様に、出雲はケタケタと笑う。


調子の狂う奴だ……内心そう吉法師は溜息を吐くと、諦めたように手を降ろした。


「お主、何故一人で国々を回っておる?」


「そのうち共に行く誰かを見繕いたいとは思うてるさね。けど、まあ……焦ることもない。それも、何かの縁。自由気ままに、私は私の道を行くだけさ」


「そうか……。間違っても、尾張に根を張るな」


「随分嫌われたもんさね」


クスクスと笑う出雲から、プイと吉法師は顔を背ける。


「そうではない。この国は、あと十年もしないうちに、大きな混乱の真っ只中になる故な」


「見てきたように言うんもんだ」


「考えれば分かるであろう。……隣の大国遠江国は、遠からずやがてこの尾張を狙う。にも関わらず、尾張・織田家の内部は分裂しておる。やがて遠江国に全て飲み込まれるであろう」


幼子らしからぬ物言いに、今度は出雲の方が驚かされた。


「吉法師は頭が良いなあ。それ故、この国を憂いておるのか」


「憂いてなど、おらぬ。単に、つまらぬのじゃ。我は、分からぬということが分からぬ。ちと考えれば分かることに、何故人は頭を悩ます。そのくせ考え抜いて出てきた結論は、真新しさなど見当たらぬ当たり前のことばかり。……真、つまらぬ」


再び、吉法師の瞳が虚ろになる。それは、出雲に会う前のそれと同じ。


飽いていた。

吉法師は、この世の全てに。

齢十も越えぬ幼子が、覚りを開いたかのように。


「吉法師は、勿体無いことをしておる」


そんな彼に、出雲は苦笑いを浮かべる。


「……何じゃと?」


「どのような斬新な考えも、自身の中に閉じ込めてしまえば何にもならんさね。世がつまらぬのなら、吉法師が面白く変えてしまえば良い」


「知ったような口を……」


「知っているさね。私にとっての舞がそうさ」


「ふん……」


「また眉間に皺が寄っておる。……吉法師、私が国を出る前に、必ずお主にもう一度舞を舞うてやろう。餞別に、な」


「そのようなもの、いらん。さっさと去ね」


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