エピソード9【贈り物】⑤


そして赤川さんは、胸の内ポケットに手をつっこみながら口を開いた。


「ちなみに……これが、その女の部屋の写真だ」


取り出したのは、いくつかの写真。

それは、青山さんの部屋の写真だった。


「すみません、お借りします」


パラッ――


俺は、1枚目の写真を見てみる。


「これは……」


その写真には、ガスが漏れないように、大きな窓ガラスの端にビニールテープを貼っている光景が写っていた。


「青山さん……」


ギュッ――

ギュッ、ギュッ――


俺は『ギュッ』と胸が締め付けられるような切なさを感じた。


ギュッ――

ギュッ、ギュッ――


彼女の抱え込んでいた苦しみが、その1枚の写真から痛いほど伝わってきたからだ。

あぁ。

彼女はこれだけの決意を持って、命を絶とうとしていたのか。

本当に奇跡だ。

その部屋から、ガスが漏れてくれたこと。

本当に、本当に奇跡としか言いようがない。

俺は、そう思わずにはいられなかった。


「こっちの写真は……?」


パラッ――


俺は、2枚目の写真に目を移す。


「これが、彼女の部屋……か」


その写真には、リビングの3分の2ほどが写っていた。

そうか……おそらく、ここで青山さんは倒れていたんだろうな……


――その時だった。


「あれ!?」


え……?

あ、あれ……ちょ、ちょっと、待てよ。


俺は、あることに気がついた。

そして、それと同時に自分の目を疑った。

なぜなら、その写真に『ある物』が写っていたからだ。


「こ、これは……」


そこに写っていたのは、どこにでもあるような本棚。

だが、問題はそこじゃない。

本棚の上から2番目の棚に『バック・トュ・ザ・フューチャー』に出てくる『デロリアン』の車の模型が飾られているからだ。


「い、一緒だ……」


そう。

それは、彼女が夢の中で言っていたのと全く同じ模型。

しかも、置き場所までもが全く同じ。

『本棚の上から2番目の棚』

全く同じだった。


「も、もしかして!?」


俺は、急いで写真を隅々まで見渡し始めた。


――すると。


「あっ……」


さらに驚くべき発見があった。


「こ、この地球儀は!」


そう。

部屋の隅に位置するアルミラックの上にあるのは、高価な地球儀。


「そ、そういえば……」


確か、彼女は夢の中で言っていた。

世界中を旅行した気分が味わいたいから置いていると。

どう見ても、あの地球儀に間違いなかった。


――そして。


「あっ!」


続けて、もう1つの発見。


「カゴに……チョコが……」


テーブルの上には、カゴいっぱいにスタンバイしているチョコレートの山。

甘い物が大好きという彼女の性格を、如実に表している。


「ちょ、ちょっと待てよ……」


パラッ――


俺は、もう1度、さっきの1枚目の写真を見返してみる。


「や、やっぱり……」


そう。

ビニールテープが貼られた大きな窓ガラスの上には、ミスターチルドレンのポスター。


「あっ、こ、こっちも……」


さらに、その窓の横には、桜の色を思わせる淡いピンク色のカーテン。

一緒だ。

全部、何から何まで一緒だ。

それは、信じられないような現実。

写真に写る全ての光景が、青山さんが夢の中で言っていたことと全く同じだった。


「ヒトミ……そういうことか」


そして俺は、やっと分かりかけていたことがあった。

なぜかというと、夢の中でのヒトミの言葉が、ふっと頭に浮かんだからだ。


『犯人は死んだ』

『青山さんは、俺の運命の人として生まれ変わる』


その2つの言葉を、思い出したからだ。

確かに、犯人は死んだ。

そう。

ヒトミが言っていた『犯人は死んだ』というのは、もちろんあの男のこと。

そして同じ日に、青山さんも自殺を図った。

だが、このことが俺に奇跡を与えてくれた。

なぜなら、青山さんが自殺を図らなかったら、遺書を残していなかったら、俺は彼女の存在を知る術がなかった。


1つ、例え話をしてみよう。

もし、彼女が3日後に自殺を決意していたなら、その前に犯人が捕まったというニュースが流れ、自殺をすることはなかった。

『あぁ、私は犯人じゃなかったんだ』

『良かった、本当に良かった』

そう思い、いつもの日常に戻っていくだろう。

俺は、永遠に彼女の存在を認識することはない。

永遠に出会うことはない。

確立的に言っても、偶然、街中で出会うなんて、99パーセント、いや、100パーセント不可能だ。

そうとしか考えられない。

俺は、そう思わずにはいられなかった。



――そして、数分後。


「斉藤」


赤川さんは言った。


「俺は、そろそろ捜査に戻る。おまえは、あと数日ゆっくりしていろ」

「赤川さん……」


俺は、深く頭を下げる。


「本当に、ありがとうございました」

「礼なんか言うな。じゃあな」


赤川さんは、笑みを浮かべ軽く手を上げると、部屋から出て行った。


「赤川さん……ありがとうございました」


俺は、深く深く頭を下げたまま、赤川さんを見送った。

ありがとうございます。

事件を解決させてくれてありがとうございます。

感謝の気持ちを、心の中でずっと、ずっとつぶやいていた。


「ヒトミ……」


そして気づくと俺は、窓から夜空を見上げ、無数の星空に向かって話しかけていた。

なぜだろう。

なんだか、その星のどこかにヒトミがいるような気がしたんだ。

俺を見てくれているような気がしたんだ。


「なあ、ヒトミ……」


おまえが言ったことは、やっぱり本当だったんだな。

青山さんは、俺の運命の人。

だから、神様が生き返らせてくれる。

あれは、本当だったんだな。


「なあ、ヒトミ……」


ひょっとしたら、おまえは本当に幽霊として、俺の前に現れてくれたのか?

俺に、そのことを伝えるために、会いに来てくれたのか?

もしかして、ペンションさくらの出来事も、おまえが見させてくれた夢なのか?

だとしたら、お礼を言うよ。


「ヒトミ……ありがとう」


ありがとう。

本当に、ありがとうな。

俺は、そう思わずにはいられないよ。


「そうだ、ヒトミ……」


気がつけば、チャンスの神様は、俺に2つの好運を与えてくれていたんだ。

え?

それは、何かって?

決まってるだろ。

青山さんと出会えたこと。

そして……おまえと出会えたことだよ。

その2つに決まってるだろ。

そうなんだ。

俺は、これ以上ない好運を貰ったんだ。


あぁ。

チャンスの神様。

俺は、あなたの前髪をつかんでいたのですか?

もしかして、前に進めない情けない男のために、自らつかませてくれたのですか?

だとしたら、お礼を言います。

ありがとうございます。

本当に、ありがとうございます。


「なあ、ヒトミ……」


おそらく、俺と彼女は恋に落ちるよ。

現実の俺と彼女は、まだ会ったこともないし、お互いのことを何も知らない。

でも、すぐに分かり合える気がするんだ。

好きな映画。

好きな音楽。

好きな季節。

好きな世界遺産。

好きな食べ物。

たぶん、全ての趣味や性格が一致する予感がするんだ。


「それにな、ヒトミ……」


出会った瞬間、お互いがお互いを意識する予感もするんだ。

え?

何でかって?

バカだな。

そんな分かりきったこと聞くなよ。

決まってるだろ。

俺と彼女は、運命の人だから。

おまえが、そう言ってたんだもんな。

そうに決まってるよ。


「ヒトミ……」


ありがとう。

ありがとうな。

俺は、おまえから最高のプレゼントを貰ったよ。

おまえは、俺のことを心配してくれたんだろうな。

1人になった俺のことを、心配してくれたんだろうな。

だから俺に、運命の人が誰かを教えてくれたんだよな。


「なあ、ヒトミ……」


でも、ヤキモチ焼くなよ。


「いいか……」


俺の1番はいつまでたっても……おまえなんだからな。

おまえが常に1番大好きなんだからな。

いつまでも、俺が年をとっておじいちゃんになっても、おまえのことは忘れないからな。

ずっと、ずっと、忘れないからな。

忘れるわけがないんだからな。


「ヒトミ……」


天国でもクリスマスはあるんだよな?

じゃあ、一緒に祝おう。

1日遅れだけど、この素晴らしい日を一緒に祝おう。


「ヒトミ……」


あんなにクリスマスが嫌いだった俺も……これからは、ちょっとだけ好きになれそうだよ。


「だから、ヒトミ……」


クリスマスの奇跡を一緒に祝おう。

おまえと出会えた奇跡を一緒に祝おう。


「ヒトミ……」







メリークリスマス――――










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