エピソード9【贈り物】③
「赤川さん……」
俺は尋ねた。
「ちなみに……ヒトミをひき逃げした犯人は、誰だったんですか?」
「それなんだが……」
赤川さんは、手帳を見ながら喋り始める。
「犯人は……男だった」
「男……ですか」
あぁ、やはり夢だったんだ。
犯人が男と言われた時点で、俺はそう確信した。
「そうですか……」
俺は言った。
「それで、その犯人の名前は……?」
「名前は……」
赤川さんは言った。
「木村健二郎、年齢は52歳」
「そうですか……」
俺は『そうですか……』と小さくつぶやくばかり。
まるで、長い長い戦争が終わったような感覚。
そして徐々に、安堵感が少しずつ込み上げてきていた。
そう。
この瞬間、俺の戦いは終わった。
ヒトミを殺した犯人は捕まった。
これから、法律が犯人を裁く番だ。
犯人には、じっくりと罪をつぐなってもらおう。
そしてさらに数秒ほど経過したあと、再び俺の頭の中に1つの疑問が浮かんだ。
それは、さっき赤川さんが言っていた言葉。
確か、赤川さんはこう言っていた。
『犯人が死んでしまったのは、捜査上のミスと言われても仕方がない』……と。
え……ということは……
「あ、あの!」
俺は慌てて尋ねた。
「その犯人って死んだんですか!?」
「あぁ……」
赤川さんは、伏目がちにゆっくり頷いた。
そうか。
そうなのか。
どうやら、間違いない。
犯人は死んだ――
それは、確かなことのようだ。
続けて赤川さんは、深刻な面持ちで口を開いた。
「まず……その犯人が捕まった経緯だが……」
「は、はい」
「実は、事件から4日後、目撃証言が出てきたんだ」
目撃者……?
「事件があった日のあの時間帯に、黒いワンボックスカーが蛇行運転をしながら、信号も無視してすごいスピードで飛ばしていたっていう……」
「え……」
それって……?
「もしかして……大量のアルコールを摂取していたってことですか?」
「あぁ」
赤川さんは、小さく頷いた。
「おそらく、そうだろう……」
そして、と話を続ける。
「俺たちは、一斉にそのような車を探し始めた。そして、今からつい5時間ほど前……事件から1週間がたった今日……」
口調がどんどん重くなる。
「黒いワンボックスカーを所有するその男に辿り着いた。やはりよく見ると、バンパーに不自然で小さなヘコミ傷があったんだ……」
視線を地面に落とす。
「俺たちは、その男の部屋に乗り込んだ。すると詳しく事情を聞く前に、こちらを警察だと認識した男は、逃げるように部屋から飛び出し……」
そのあと、と赤川さんは言った。
「アパートの階段から転げ落ちてしまった……」
左手で顔を覆う。
「その時、頭を強打し……打ち所が悪く、3時間後に男の死亡が確認された」
「そうなんですか……」
事情聴取の前に、犯人が逃亡を図り……結果、犯人は死亡。
そのことが、赤川さんは悔やんでも悔やみきれないようだ。
罪を償わすこともできずに、犯人は死んでしまった。
自分たちの操作ミスを後悔していることが、その顔を見れば充分すぎるほど伝わってきていた。
「赤川さん……本当にありがとうございました」
俺は、深く深く頭を下げた。
俺のために、ヒトミのために、数日間、寝る間も惜しんで捜査をしてくれたことに対して、どれだけの感謝をしてもしきれなかった。
――そして。
「実はな……」
赤川さんは、再び口を開いた。
「車に、わずかだが血痕がついてあったんだ。それがヒトミちゃんのものかどうか、いまDNA鑑定を行っている。おそらく一致するはずだ」
「そうですか……」
「さらに、車底部の前方から中央にかけて、ヒトミちゃんが着ていたと思われるグレーのセーターと白のワイシャツの繊維片がついていたことも確認されている」
「ということは……」
俺は言った。
「やはり、犯人はこの男で間違いないですね」
「ああ」
赤川さんは俺の肩に手を置き、力強く頷いた。
あぁ、ヒトミ。
ついに、犯人が捕まったよ。
俺は、天国で見守ってくれているヒトミに、そっと声をかけた。
痛かったな。
苦しかったな。
でも、犯人が捕まったよ。
これからは、ゆっくり天国で暮らしてくれよな。
俺は心の中で、何度も何度もそうつぶやいていた。
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