エピソード9【贈り物】①




 * * * *





「斉藤! 斉藤!」


え?

な、何だ?


「斉藤! 聞いてくれ!」


俺の目の前にいきなり現れたのは、刑事時代の先輩、赤川さんだった。


え?

なぜ、赤川さんがこのペンションに?


「ど、どうしたんですか?」

「すまん、鍵が開いてたからそのまま入らせてもらった!」


鍵……?

あぁ、そういえば、戸締りをしてなかったな。

でも、なんで赤川さんが……

あっ、そうか……岡本さんが、赤川さんに連絡してくれたのか。

まあ、当然といえば当然か。

ひき逃げ事件の犯人の遺体が、このペンションにあるんだから。


「あぁ……」


そう思いながら、俺はふと悲しい気持ちになった。

遺体――

その言葉が、頭に浮かんだからだ。

そうか……そうだよな……青山さんは、もう生きていないんだよな。

ヒトミは、青山さんが生き返るって言ってたけど、何も状況は変わっていない。


ヒトミ。

やっぱり無理だよ。

死んだ人が生き返るなんて無理なんだよ。

俺は、さらに深い悲しみに襲われ始めていた。

そして、再び流れ出そうとする涙を我慢しながら、チラッと時計に目をやった。


午前1時17分――


あぁ、もう、こんな時間なのか。

青山さんが青酸カリで命を絶って、そのあとヒトミに出会って。

あれから、もう1時間ほど経っていたのか。


あれ?

待てよ。

その1時間の記憶があまりないな。

俺はその間、何をしていたんだろう?

一瞬、記憶の糸を遡ろうとした俺だったが、考えるまでもなく、その答えはすぐに見つかった。

あぁ、そうか。

ヒトミが消えてから、俺はそのまま少し眠ってしまったのか。

無理もない。

1日で、これだけ、色々な出来事が起こったんだ。

そして、ヒトミの幽霊に会えて、俺は少しホッとしたんだろうな。

その疲れが、一気に出たようだ。

だから、少し眠ってしまったのか。


あぁ。

人間の体はよく出来ている。

おそらく、涙を流しすぎたために俺の体は悲鳴をあげ、心はキャパシティーオーバーになってしまったに違いない。

限界。

俺の体と心は、すでに限界だったのだろう。

眠ったというのが正しいのか、気を失ったというのが正しいのか。

とにかく、体が少しだけ楽になったのは確かだ。


そして、赤川さんは、


「良かったな、斉藤!」


俺の肩をつかみ、喜びの声をあげ始める。


「ヒトミちゃんをひき逃げした犯人が、ついに捕まったな!」


あっ……


「まあ、犯人が死んでしまったのは、捜査上のミスと言われても仕方がないが……とにかく、良かったな! 本当に良かったな!」


赤川さんは、心の底から嬉しそうだった。

そうだよな。

赤川さんは、俺が彼女に恋心を抱いていたなんて知らないんだよな。

喜んで当然だよな。

俺のために喜んでくれてるんだよな。

そうだよな。

俺も出来る限りの平静を装わなくちゃな。


「そうなんですよ……」


俺はうつむき加減で言った。


「僕がいるこのペンションさくらで、まさか犯人が捕まるなんて……岡本さんが、自分の勘を信じて張り込んでくれていたおかげです」


でも、と俺は言った。


「捕まえたんじゃなくて……あれは……自首してくれたんですよ」


俺は、今日の出来事を完結に説明した。

『彼女は自首をした』

その言葉に、より力を込めて強調している自分がいた。

亡くなってしまった青山さんの最後を、できる限り綺麗に飾ってあげたい。

そういう思いから、自然と『自首』という言葉に力を込めたのだろう。


だが、そんな俺の思いとは裏腹に、


「え?」


赤川さんは、そっけない態度で目を丸くして驚いていた。


「何言ってんだ、おまえ?」

「え……?」


ちょ、ちょっと待ってくれ。

赤川さんは、あの状態を自首じゃないというのか?

いや、あれは自首だ。

俺は絶対に、青山さんの最後を綺麗にしてあげたいんだ。


「いえ、赤川さん」


俺は、すかさず反論した。


「あれは、誰がどう見ても自首ですよ」

「いや、違う、そういうことじゃなくて……」


赤川さんは、かたくなに首を横に振った。

くそっ。

何で、何で分かってくれないんだ。


「自首ですよ!」


俺は、もどかしさから少し口調が強くなってきた。


「赤川さん、よく聞いてください! 実はこのペンションさくらには、座ると真実しか喋れないという不思議な椅子があるんです!」


でも、と俺は言った。


「結局、その椅子の力を借りなかったんです! 最後まで、全て自分の力で真実を話してくれたんです!」


さらに声を荒げる。


「だから! だから自首なんです!」


俺は赤川さんにつかみかかり、必死で訴えていた。

分かってくれ。

分かってくれ。

彼女が、自分の力で罪を告白したことを分かってくれ。

その一心だけが、俺を突き動かしていた。


――だが。






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