エピソード8【必要な人】⑬


――そして、数秒後。


「ねえ、お兄ちゃん」


ん?

何だい?

俺は、愛する妹の問いかけに、ニコッと微笑んだ。



「あのね……」



ヒトミは、膝の少し上まで消えかかりながら、笑顔でこうつぶやいた。





「私のこと、忘れないでね」





ヒトミ……


ホロリ――

ホロリ、ホロリ――


あぁ。

また、涙が溢れ出してきたじゃないか。

ヒトミ……何、バカなこと言ってんだよ。

忘れるわけないだろう。

おまえは、いつまでも、俺の1番なんだよ。

おまえが、うっとうしいって言っても、俺の1番はおまえなんだよ。


「ヒトミ……」


ギュッ――


そして俺は、腰まで消えかかった愛しい妹を、そっと抱きしめた。


消えるなよ。

まだ、消えるんじゃないぞ。

1秒でもいいから、長くここに居てくれ。


あぁ。

ヒトミ。

やっと、おまえを抱きしめることができたよ。

おまえを包み込んでやることができたよ。


ヒトミ。

天国に行ったら、父さんと母さんによろしくな。

そして、俺がいつかそっちの世界に行ったら、ちゃんと迎えに来てくれよな。

手を振って笑顔で『おかえり』って迎えに来てくれよな。

生きている間、いっぱい頑張ったね。

ご苦労さん。

そう言って、出迎えてくれよな。

それまで、俺は一生懸命、生きるから。

おまえの分も、一生懸命生きるから。

だから、だから、また会おうな。



「お兄ちゃん……」



スーッ……



あぁ……

ヒトミの華奢な両肩が……



スーッ…………



消えていく……




「またね……」




スーッ…………



あぁ……

愛くるしいヒトミの顔が……




スーッ…………




あぁ……


……………



「ヒトミ……」



気づくと、俺の腕の中には、もう何もなかった。

愛すべき妹は、もうどこにもいない。

ヒトミは、笑顔を浮かべたまま、静かに消えていった。

俺の指先に、かすかな温もりだけを残して――


「あぁ……」



ホロリ――

ホロリ、ホロリ――



ホロリ――



その瞬間、俺の涙は、とめどなく溢れ始めた。


あぁ、ヒトミ。

待ってくれ。

待ってくれ。

おまえを笑顔で見送ってあげたかったけど、ダメなんだよ。

涙が止まらないんだよ。

何でだろう。

何でだろうな。

人間は、こんなに涙が出るんだな。

俺は、今初めて知ったよ。



「ヒトミ……」



俺は、ボソッとつぶやいた。



「ヒトミィィィィィィーー!」



続けて、天に向かって強く叫んだ。



「ヒトミィィィィィィーーーー!!」



もっと強く叫んだ。




「ヒトミィィィィィィィィーーーー!!」




気づくと、俺は力の限り、精一杯の声で叫んでいた。

溢れ出る涙に気持ちをのせるように、何度も何度も、天に向かって叫び続けていた。

届け。

俺の声よ、天国まで届け。

そういう気持ちで叫び続けていた。




「ヒトミィィィィィィィィーーーー!!」




何度も。

何度も。




「ヒトミィィィィィィィィーーーー!!」





何度も。

何度も。





「ヒトミィィィィィィィィーーーーーー!!」





――その時だった!




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