エピソード8【必要な人】⑪


だが、ヒトミは、


「ううん、違うよ」


さらに首を横に振る。

そして、ニコッと笑って、


「聞いて、お兄ちゃん」


と喋り始める。


「あのね……」


ヒトミは言った。



「犯人は死んだ」



え……?


「犯人は、もう死んだよ」


そして、とヒトミは話を続ける。


「その人は……青山奈々美さんは生まれ変わるんだ。お兄ちゃんの運命の人として」


俺の……運命の人……?


「だから、生き返るのはその人なんだよ」


ヒトミは、変わらず温かい笑みを浮かべていた。

え?

ど、どういうことなんだ?

俺は少し考える。

すると、やがてこういう思考が頭に浮かんだ。

もしかして、ヒトミ……おまえは、俺にこう言いたいのか。


『罪を憎んで人を憎まず』……って。


確かに、俺は刑事の頃からそう思っている。

そして、もちろん今もそう思っている。


でも、ヒトミ。

おまえは、それで本当にいいのか?

青山さんは不慮の事故とはいえ、おまえの命を奪ってしまった。

おまえの青春を奪ってしまったんだよ。

そんな彼女を、おまえは許してくれるのか?

俺は、その質問だけはどうしても尋ねたかった。

だが、そのことを聞くまでもなく、ヒトミの顔を見れば、答えはすぐに分かった。


罪を憎んで人を憎まず――


にっこり笑うヒトミの姿を見れば、その答えはすぐに導き出された。


「ヒトミ……」


おそらく、ヒトミはこう思っているのだろう。

自分が死んだのも、青山さんが生き返るのも、全ては神様が決めたこと。

全ては運命。

運命には逆らえない。

だから、青山さんには自分の分も精一杯生きて欲しい。

罪をつぐなって精一杯生きて欲しい。

そう思っているのだろう。


――すると、5秒後。


「うん」


ヒトミは言った。


「お兄ちゃんの思っている通りだよ」


え?


「神様が決めた運命には逆らえない……っていうことなんだ」

「あぁ……」


俺は言った。


「やっぱりそうなのか……」

「うん」


俺が考えていたことは、ヒトミには筒抜けだったようだ。

こういうテレパシーのような現象によって、俺とヒトミが小さい頃からいつも隣にいた兄妹だということを、否応なしに感じさせられてしまう。


「あのね、お兄ちゃん……」


続けてヒトミは言った。


「青山さんは、お兄ちゃんの運命の人なんだよ。でも、あの時の事故がきっかけで……」


そして、とヒトミは視線を落とした。


「あの人は、自ら命を絶ってしまった……」


でもね、とヒトミは俺に視線を戻した。


「神様が、お兄ちゃんのことをかわいそうだと思ったんだよ。私もいなくなって、運命の人も失うんじゃ……」


だから、とヒトミは言った。


「あの人は生き返るんだ。これからも、お兄ちゃんの運命の人として……」

「ヒトミ……」


俺は言った。


「なんで、おまえは生き返れないんだよ……」

「さっきも言ったじゃん。それが私の運命なんだよ」


ヒトミは、再びにっこりと微笑んだ。


あぁ。

やっぱり、神様が決めた運命は受け入れなきゃダメなんだな。


ホロリ――


俺の目から、一筋の涙がホロリと流れ落ちた。

そして俺は、首を小刻みに上下に動かした。


うん。

うん、うん。

俺も、神様が決めた運命には従うよ。

おまえの気持ちを大事にするよ。

俺は、そういう気持ちを込め、何度も何度も、目を真っ赤にしながら頷いていた。

でも、俺にはどうしても分からないことがある。

じゃあ、なんでヒトミはここにいるんだ?

生き返れないのに、どうしてここにいるんだ?

いま、ここに存在している妹は、いったい何なんだ?

いったい、どういうこ……


「え……?」


あれ……ちょ、ちょっと待てよ……


その時、俺はあることに気がついた。

そう。

よく見ると、ヒトミの体の周りには、黄金色の膜がうっすらと覆っている。


あぁ、そうか。

そうなのか。

俺が考えられるのは、ただ1つ。


幽霊――


ヒトミは幽霊。

それしか考えられなかった。

やはりヒトミは、幽霊として俺の前に姿を現してくれたのだろう。

そのことは、はっきりと理解し始めていた。

そういえば俺は1年間、このペンションで働きながらこう思っていた。

もし、ヒトミが幽霊になって、その場から離れられなかっても、俺が近くにいれば寂しい思いをさせないですむ。

幽霊でもいい。

ヒトミに会いたい。

おもいっきり抱きしめてあげたい。

1人ぼっちになっているヒトミを、温かく包み込んでやりたい。

こう思っていた。




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