エピソード8【必要な人】⑦
あぁ。
神様。
チャンスの神様。
これが、あなたが青山さんに与えたチャンスなのですか?
自分が犯人だと告白するチャンスを与える。
それが、青山さんに与えたチャンスなのですか?
あの時、ロビーで俺と青山さんが2人きりになった時……
彼女が『俺に伝えたいことがある』と、かもし出していた雰囲気は、こういうことだったのですか。
でも、俺にとってこれ以上の苦痛はありません。
ずっと、ずっと、ヒトミを殺した犯人を捕まえたかった。
その犯人が目の前にいる。
だが、その犯人は、俺が好きになった人。
好きになってしまった人。
あぁ。
分からない。
分からない。
俺は、どうしたらいいんだ。
もちろん青山さんも、自分の罪を悔やんでいる。
そりゃ、1年という時間、自首をせずに暮らしていたのは当然間違っている。
でもその1年は、彼女にとって苦痛の1年だったはず。
それは、今の告白を見れば分かる。
トュルーチェアーによって映し出される真実の心を見れば分かる。
彼女の涙を見れば分かる。
あぁ。
俺は、どうしたらいいんだ。
ヒトミも青山さんも、俺にとっては大事な存在。
分からない。
分からない。
俺は呆然と立ち尽くしたまま、どうするべきなのかをひたすら考えていた。
だが、いくら考えても、俺にその答えが見つかる気配はなかった。
そして岡本さんは、そんな俺を気遣うように『あとは、俺にまかしとき……』とやさしく声をかけてくれたあと、
「青山さん……」
と、彼女の肩にそっと手を置いた。
「よく頑張ったな。あんたも苦しんだんやな……椅子の力を借りても、本当のことを話したんやから、あんたは悪魔なんかやない……」
岡本さんの言葉には、ボロボロになった青山さんの心を包み込むような温もりがあった。
そして同時に、俺の胸にも天使の言葉のように響いていた。
あぁ。
あなたは素晴らしい刑事だ。
自白させるだけでなく、ちゃんと温かい言葉をかけることも忘れない。
素晴らしい刑事だ。
そこにいる誰もが、岡本さんのその言葉に心を打たれていると思っていた。
しかしオーナーが、その空気を打ち破るように突然口を開いた――
「ちょ、ちょっと待ってください……それは違います……」
え……?
何を言ってるんだ……?
「それは……違うと思います……」
オーナーは窓際の壁をチラチラと見ながら、なんだか落ち着きなく振る舞っていた。
ま、待ってくれ、オーナー。
あなたは、ここまで本当のことを話した人を、まだ悪魔って言うんですか。
もちろん、犯した罪は取り返しがつかない。
でも、彼女も苦しんでいた。
ヒトミのことを思い、ずっとずっと苦しんでいた。
罪を憎んで人を憎まず。
それでいいじゃないか。
というよりも、俺にはそう考えるしかできなかった。
そう考えることで、少しだけ肩の重みが消えるような気がしたからだ。
そして、オーナーの言葉に不快感を持ったのは、周りのみんなも同じのよう。
当然だ。
青山さんは、もう逃げも隠れもしていない。
これから、罪をつぐなっていく。
この1年間、自首できなかった自分の弱さも含め、精一杯つぐなっていく。
ヒトミに謝り続けていく。
そういう気持ちが、誰の心にも伝わってきていた。
だからだろう。
全員、オーナーに対して、いい気持ちではいられなかった。
そして、そのただならぬ空気を察したオーナーは、
「あっ! いや!」
と両手を横にブンブンと振り、慌てて否定し始めた。
「すみません! そういう意味じゃないんです!」
え?
そういう意味じゃない?
じゃあ、どういう意味だ?
何を言いたいんだ?
さらに、みんなの目がオーナーに吸い寄せられた。
すると、オーナーは、
「いえ、あの……そういう意味じゃなくて……」
と両手に加えて、今度は首も横にブンブンと振り始めた。
「私が『違う』って言ったのは……『椅子の力を借りて』ってところです」
え……?
椅子の力を借りて……?
「実は……」
オーナーは言った。
「青山さんがその椅子に座って話し出すちょっと前に、日付が変わっていたんです」
日付……?
「この椅子が効力を発揮するのは、クリスマスの1日だけなんです……」
あっ――――
その言葉を聞いて、全員が『ハッ!』とした。
そうだった。
オーナー以外、俺を含め全員が忘れていたことがある。
そう。
この椅子が効力を発揮するのは、12月25日のクリスマス。
その1日だけ。
俺は、この椅子の大きな秘密を忘れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます