エピソード8【必要な人】③


「じゃあ、みなさん」


俺は、全員に向かって喋り始めた。


「今夜は、これにて解散しましょう。明日は、午前8時に朝食となっております」


この言葉で、今までのお祭りムードは一転、一気に解散ムードに早代わり。

さてと、とりあえず、俺はテーブルの皿を片付けるか。

あっ、それと、明日の朝食の用意もしておかなきゃな。

クロワッサン用のお皿。

サラダとスクランブルエッグ、ベーコンをセットできる少し大きめのお皿。

コーンスープ用のカップ。

ドリンクは、ブラッドオレンジと、一応、エスプレッソも用意するみたいだから・・・

よし。

だいたい、朝食用の食器は把握できた。

俺は、着々と頭の中で明日の段取りを考えていた。


――すると。


「なあ」


その時だった。

岡本さんが、部屋に戻ろうとする全員に向かって声をかけた。


「みんな、まだ帰るの待ってえな。もうちょっと話そうや」


え?


「なっ、もうちょっとだけええやん」


う~ん。

まいったな。

岡本さんは、まだ談笑したいのかな?


「でも……」


俺は、首をひねりながら言った。


「もう、夜もだいぶ更けてきましたし……」


俺はチラッと時計に目をやる。

午後11時51分――――

もう、結構な時間だ。


「みなさん、疲れていると思いますので……」

「まぁ、ええやないか」


岡本さんは、笑いながら喋り始める。


「なんか、こういう風に一期一会の出会いって中々ないやんか。もうちょっとだけ、話そうや」


そして、ポンと手を叩く。


「そや! 怪談話の続きやろうや!」


岡本さんは、1人で楽しそうだった。

全く。

元気というか、子供というか。

人の迷惑とか、あまり考えない人なんだろうな。

俺は、岡本さんの無邪気な姿に少々呆れ気味になっていた。

でも、ここからが少し意外な展開。

そう。

みんなの反応は悪くなかった。

武藤谷さんも青山さんも、別に嫌なそぶりは見せていなかった。

確かに、今日を逃すとこのメンバーで楽しく談笑することなんてないかもしれない。


一期一会。


うん。

まさにその通りだ。

それに、肝心なのは、お客である武藤谷さんと青山さん。

2人が楽しそうなら、何も問題ないか。

お客さんがそう望むんだから、別に俺やオーナーがどうこういう権利はない。

よし。

じゃあ、また始めるか。

例のあれを。

真冬の快感、愛しのあの子に触れてみ・・・

い、いや、いや。

ち、違うな。

『真冬の怪談! 恐い話に触れてみよう大会!』

だったな。

危ない、危ない。

また、間違う所だった。

さてと。

じゃあ、始めるか。


ということで、また怪談話大会がスタートした。


――そして、数分後。


再び、全員が輪になって、床に敷いた座布団やクッションに座り込む。

さらに、さっきと同じように少し照明も暗くして、雰囲気作りも完了。

やはり青山さんは、始まる前からすでに恐がっている。

胸の前で手を組んで肩をすくめていた。

おそらく彼女のドキドキ感は、これからしばらくの間、治まることはないだろう。

そして、俺もドキドキしていた。

そう。

もちろん、また青山さんが抱きついてくるかもしれないという期待からドキドキしていた。

おそらく俺のドキドキ感も、これからしばらくの間、治まることはないだろう。

うん、悪くない。

やはり、怪談話は色んな意味でドキドキする。

さてと、あと、怪談話をしていないのは誰だっけ。

あっ、俺だ!

う~ん、まいった。

俺は、あんまり恐い話とか知らないんだよな。

考えろ。

考えろ、考えろ。


俺は頭をフル回転させて、記憶の中から怪談話のネタを必死で探していた。

すると、そんな俺の苦労をよそに、


「じゃあ、とりあえず、俺が話すわ」


岡本さんが軽く口を開いた。


え? そうなの?

あなたが話すんですか?

ちっ、なんだよ。せっかく、俺がとびきり恐い話を披露しようと思っていたのに。

……プッ。

な~んて。

俺はそう思いながらも、かなりホッとしていた。

残念ながら、いくら考えても俺の頭の中に『とびきり恐い話』というジャンルのストックはなかった。


そして、俺を含め全員が、前かがみになり岡本さんの話を聞く準備を整えていた。






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