エピソード6【恋をする資格】①


――午後11時26分。


降り続いていた雪は止み、無数の星たちと丸いお月様がペンションさくらを温かい眼差しで見つめている。

みんなが居なくなりロビーで2人きりになってから、俺と青山さんは色々な話を交わしていた。

好きな映画のこと。

好きな音楽のこと。

好きな季節のこと。

好きな世界遺産のこと。

好きな食べ物のこと。

とにかく話題はつきなかった。

そして、驚くことに全てのフィーリングが俺と一緒だった。


好きな映画は『バック・トュ・ザ・フューチャー』

お互い、DVDで何度も見返すほど大好きだった。

『あのシーンで、マーティーがお店で注文した飲み物は?』などというマニアックなクイズの応戦で盛り上がった。

ちなみに、彼女の部屋にある本棚の上から2番目の棚には、劇中に出てくる『デロリアン』の車の模型が飾られているらしい。


好きな音楽は『ミスター・チルドレン』

お互い、アルバムを全部そろえているほど大好きだった。

どの曲に思い入れがあるのか、どの曲が最高の名曲かという議論で盛り上がった。

ちなみに、彼女の部屋の大きな窓の上には、思い出が詰まったライブのポスターが貼られているらしい。


好きな季節は『春』

お互い、桜が舞い散る時の心地良い空気感が大好きだった。

誕生日が、同じ3月という偶然で盛り上がった。

ちなみに、彼女の部屋の日当たりを操るカーテンは、桜の色を思わせる淡いピンク色らしい。


好きな世界遺産は『モン・サン・ミシェル』

お互い『海上のピラミッド』と賞賛されるあの美しさが大好きだった。

そこから派生して、いつか、ノイシュバンシュタイン城のようなお城に住んでみたいという妄想で盛り上がった。

ちなみに、彼女の部屋の隅に位置するアルミラックの上には、いつも世界旅行気分を味わえるようにと、少し高価な地球儀が置いているらしい。


好きな食べ物は『甘い物』

お互い、酒が1滴も飲めないが、その代わりデザートが大好きだった。

コンビニに行くと、必ず新製品のお菓子やプリンをチェックしてしまうという行動で盛り上がった。


ちなみに、彼女の部屋のテーブルの上には、常にカゴいっぱいにチョコレートがスタンバイしているらしい。


あぁ、素晴らしい。

どんな話をしても、最高に盛り上がる。

すごい。

恐ろしいほどに趣味が合う。

やはり今、俺の目の前では、チャンスの神様が通り過ぎようとしているのかもしれない。

チャンスの神様は、おそらくこう言っているだろう。


『どうだい? 一目ぼれした上に、趣味や性格もばっちり合うだろう? いま気持ちを伝えなきゃ、いつ伝えるんだい?』


こう言っているだろう。

おそらく、いや、確実に。


あぁ。

緊張する。

だが、このまま何も実行しないと、明日から2度と青山さんに会えないかもしれない。

いや、限りなくその確立は0%に近いだろう。

よし、じゃあ、前に進むしかない。

前髪をつかみに行くしかない。

ここは、当たって砕けろだ。


「あ、あの……」


俺は、自分の中にある最大限の勇気を振り絞った。


「実は僕……」


言え!

言うんだ! 俺!


「青山さんと出会った時に……」


頑張れ!

頑張れ! 俺!


「すごく……運命みたいなものを感じたんですよ」


いいぞ!

いいぞ! 俺!


「青山さんと、出会うべくして出会ったっていうか……そんな感じがしたんです」


俺は『ドキドキ』とスピードを増す心臓の鼓動を感じながらも、どんどんと言葉を並べていった。

そう。

俺は、ついに言ってしまった。

緊張のせいか視線はキョロキョロと落ち着きが無かったが、半分、告白とも取れるような言葉をボソボソとつむいでいった。

あぁ。

青山さんは、どう思っているんだろう。

あぁ。

気になる。

気になる、気になる。

でも、もっともっと、気持ちを伝えなければ。

後悔のないように、俺の心の全てを伝えなければ。

おそらく、チャンスの神様は、こう思っているだろう。


『それだけでいいのかい? 気持ちは、全部伝えたのかい? もう後悔しないかい?』


こう思っているだろう。

おそらく、いや、確実に。


チャンスの神様。

まだですよ。

まだ、俺は心の内を全部伝えていません。

お願いです。

もう少しだけ、待っていてください。

俺は心の中で、ひたすらチャンスの神様に懇願していた。

そして、今の勢いに身を任せ、さらに気持ちを全面に押し出そうと思った時、


「あの……」


逆に、青山さんのほうが先に口を開いた。


「は、はい」


俺は、かなり上ずった声で返事をしてしまう。

何気ない『あの』という一言。

だが、こういうシチュエーションなだけに、必要以上に緊張してしまう。


ドキドキ。

ドキドキ。


胸の鼓動が加速装置のボタンを押されたように、さらに速くなってくる。


な、何だ??

青山さんは、何を言おうとしているんだ??

俺は、彼女の心の内を読もうと必死だった。

もはや俺の視野には、最高に大好きな彼女の姿しか映っていない。

そして青山さんは、数秒の空白時間を作ったあと、


「実は……」


再び俺の目を見て、ゆっくりと喋り始めた。


「私も……」


ドキドキ。

ドキドキ。


「なんだか……同じように……」


ドキドキ。

ドキドキ。


「斉藤さんに、運命みたいなものを感じました」


ドキド…………え!?


「なんて言えばいいのか分からないですが……神様が巡り合わせてくれたっていうか……」


えぇ!?


「そんな感じなのは確かです」


ま、まじかよぉぉぉぉ~~!!

やった!

やった! やった!

俺の心の中では、リオのカーニバル並のお祭り状態。

大きなガッツポーズのまま『ブラボー!』と大声で叫びたいほど浮かれに浮かれていた。


確かにトュルーチェアーによって、青山さんが第一印象的に俺に好意を持っていてくれたことは知っていた。

だが、今の俺の心は、その時よりさらに舞い上がっている。

なぜなら、ゆっくり会話もして、お互いの性格もある程度分かりかけてきたからだ。

そういう過程を踏んでも、青山さんは変わらず俺に好意を抱いてくれている。

最高だ。

最高の瞬間としか言いようがない。


よし。

こうなったらもう、完璧に告白するしかない。

『好きです。あなたのことが大好きです』と気持ちを最大限に込めて言うしかない。


「あ、あの……」


俺は胸のドキドキ感が一気に膨れ上がる中、たどたどしく口を開いた。


「青山さんって、彼氏とかいるんですか……?」


あぁ。

ついに、踏み込んだ質問に入ってしまった。

もう戻れない。

いや、もう戻らない。

俺は、チャンスをつかみに行く。

つかみに行くんだ。


万が一、彼氏がいても、自分の気持ちだけは伝える。

電話番号だけを聞いて『後日、また』なんて考えは持たない。

今の気持ちを大事にしよう。

チャンスの神様は今しか微笑んでくれないんだから、今の気持ちを大事にしよう。

俺は、ただただ彼女の返答を待った。


――すると、2秒後。





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