エピソード5【チャンスの神様】④


そして、岡本さんは『コホン』ともったいつけたような咳払いをしたあと、


「ええか、よう聞けよ……」


静かな口調でゆっくりと喋り始めた。


「あれは……」


さあ!

どんな話なんだ??


「今からちょうど1年前……」


お、おお。

なんて重々しい喋り方だ。

これは、恐そうだ。


「クリスマスが近づいたある日……」


さあ!

岡本さん!

とびきり恐い話をしてくれ!


「1人の少女が……」


少女が!?



「……亡くなったんや」



おお!

いったい、どんな話なんだ!?

これは期待できそうだ!

『1年前、クリスマスが近づいたある日、少女が亡くなった』……か。

うん。

なかなか、恐そうな話じゃ……



バチバチ!――――



え……?



バチバチ!――――



ちょ、ちょっと、待てよ……



バチバチ!――――



お、おい……嘘だろ……


そう。

その時だった。

『バチバチ!』と、雷に打たれたような感覚が、突如、俺の全身を襲ってきた。


バチバチ!――――

バチバチ!!――――


もちろん、俺の中の浮かれた気分は、瞬時にどこかへ消し飛んでしまった。

ある記憶が、フラッシュバックのように一瞬で沸きあがってきたからだ。

それは、あの記憶。

俺が絶対に忘れることのできない、あの記憶だった。


「ちなみに……」


岡本さんは、さらに話を続ける。


「なんで、少女が亡くなったかいうたら……それは……」


そ、それは……?


「ひき逃げやった……」


バチバチ!!――――


う、嘘だろ……この話って……?



バチバチ!!!――――



分からない。

分からない。

俺は、パニック寸前だった。

なぜなら、もうすでに頭の中にはあの時の記憶が充満しているからだ。



ガンガン!――――

ガンガン!!――――



い、痛い!

痛い、痛い!

頭が割れるように痛い!

加えて『ガンガン!』と今まで経験したことがないような激しい頭痛も俺に襲いかかってきた。


どうしていいか分からない。

自分が、どういう行動を取ればいいのか分からない。

自分が、どういう表情をすればいいのか分からない。


と、とにかく、とにかくだ。

岡本さんの話を聞くしかない。

俺は、さらに全神経を両耳に集中させた。


「あのな……」


岡本さんは、変わらず静かな口調でゆっくりと言った。


「ひき逃げは、今の科捜研……つまり科学捜査班なら、車の塗料や破片などから、90パーセント、犯人検挙は確実なんや」


でも、と岡本さんは言った。


「そのひき逃げ事件の犯人は捕まってない……」


バチバチ!!!――――


「それは、なんでか……」


バチバチ!!!――――


「そう、その日はな……」


バチバチ!!!――――



「雨やったんや……」



バチバチ!!!!――――

バチバチ!!!!――――



「雨が降ると証拠は流れてもうて、犯人検挙は大変困難な状況になってしまう……」



ま、待ってくれ……



ガンガン!!!――――

ガンガン!!!――――



あ、頭が破裂しそうだ……



「今、その犯人はどこにおるんか……」



ちょ、ちょっと、待ってくれ……



バチバチ!!!!!!――――



待て!

待て!!



バチバチ!!!!!!!――――




待ってくれ!!!!



俺は、もう限界だった。

過去の忌まわしい記憶に、体の全てを支配されかけていた。


「犯人の居場所……それはな……」


バチバチ!!!!!!――――

バチバチ!!!!!!!――――


岡本さんがさらに熱を込めて話を続けようとした時、俺に襲いかかる雷は、さらに勢いを増し始めていた。


ガンガン!!!!!――――

ガンガン!!!!!!――――


頭痛も激しさを増すばかり。


バチバチ!!!!!!!!!――――

バチバチ!!!!!!!!!!!――――


ガンガン!!!!!!!!!!!!――――

ガンガン!!!!!!!!!!!!!!!――――


あぁ。

もう無理だ。

もう耐えられない。


俺は、ブルブルと全身の震えが止まらなくなっていた。


――そして、次の瞬間!




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