エピソード5【チャンスの神様】③
やった。
やったぞ。
これは、青山さんと心の距離が近くなった。
今の俺の心境を、ちょっと例えてみよう。
北海道が出発点で、そこから旅行に行くとする。
そして、沖縄がゴールだとしよう。
さっきまで青森あたりだったのが、一気にリニアモーターカーに乗って広島あたりまで進むことができた。
すごい。
これは、すごいことだ。
俺は、そう思わずにはいられなかった。
そして、徐々に恐怖心が薄れてきた青山さんは、俺からそっと離れると、
「あ、あの」
よほど照れたのか目のやり場に困り、申し訳なさそうな表情を見せ始めた。
「すみませんでした……いきなり、抱きついてしまって……」
「あ、い、いえ、気になさらないでください」
「ありがとうございます……本当に恐かったもので……」
そう言うと青山さんは、俺と視線を合わそうとせずにペコリと頭を下げた。
あぁ、いい。
すごくいい。
俺にとっては、頬を赤らめるその姿も、かわいくて仕方がない。
あぁ、ダメだ。
もう俺の心は、わしづかみにされている。
好きだ。
やはり、この女性が好きだ。
俺は、そう思わずにはいられなかった。
そして、青山さんのナイスリアクションでみんなのテンションが俄然盛り上がってきたのは言うまでもない。
薄暗い部屋の中、さらに恐い話大会は続いた。
「じゃあ、次は私が……」
不敵な笑みを浮かべ、自信満々の顔つきで名乗りをあげたのはオーナーだった。
さあ、どんな話がくるんだ?
俺は両拳をグッと握り締めると、前かがみになりオーナーの顔をじっと見つめていた。
「いいですか、みなさん……」
全員の視線を感じながら、オーナーはゆっくりと喋り始めた。
「この話は……あるタクシーの運転手と、3年前に自殺した男性の幽霊のお話なんですが……」
おっ、おい、おい……なかなか恐そうな話だな。
俺はゴクリと唾を飲み込み、さらに身を乗り出した。
――すると!
「あれ……?」
その時だった。
「はぅあっ!!」
オーナーは甲高い驚きの声をあげると、慌てて両手で口を押さえた。
ん?
どうしたんだ?
何があったんだ?
誰もが『早く続きを話してくれ』と、ソワソワし始めたまさにその刹那――
「あ、あの……」
オーナーが再び口を開いた。
「……これで終わりです」
え?
「実は……」
実は?
「オチを言ってしまいました……」
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~!!??
な、何をやっているんだ、この人は!!??
オチを言ってしまった??
ということは『3年前に自殺した男性の幽霊』ってくだりか??
それがオチだったのか??
ダメだろ!
ダメだろ!
それは、1番言っちゃいけない事だろ!!
全員、ポカーンと口を開いたまま、しばらくその場で固まってしまった。
しかし、ただ1人、青山さんだけはクスクスと笑っていた。
まあ、そりゃそうか。
彼女からすれば、再び恐い思いをしなかったからホッとしているのだろう。
だが、俺からすれば、1つ損をした。
オーナーの話が恐ければ、もう1回、青山さんが俺に抱きついてきたかもしれない。
そうすれば、さらに俺との距離は縮まったかもしれない。
広島からもっと進んで、鹿児島あたりまで進めたかもしれない。
損をした。
損をした。
あぁ、損をした。
俺は、そう思わずにはいられなかった。
そして『今のオーナーの話は無かったことにしよう』的な空気に変わったあと、気を取り直しつつ、さらに恐い話大会は続いた。
「ええか、みんな、俺の話は恐いで~」
次の話し手は、岡本さんだった。
岡本さん!
頼む!
とびきり恐い話をしてくれ!
青山さんの心地よい香りとやわ肌を、もう1回俺の側に!
ん? 待てよ。
俺は恐い話よりも、そのあとの『抱きつかれ現象』を期待している。
何だろう。
なんだか、俺の中で違う大会になってるな。
これじゃ、
『真冬の怪談! 恐い話に触れてみよう大会!』
というよりも、
『真冬の快感! 愛しのあの子に触れてみよう大会!』
みたいになってるな。
う~ん。
まあ、いい。
まあ、いいか。
実際、そうなってるのは確かだしな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます