エピソード5【チャンスの神様】②
怪談話?
この冬の寒い中?
普通は夏だろ。
夏のキャンプ場とかで開かれる夜のイベントの1つだろ。
ありえない。
今、この場でするのはありえない。
俺は、そう思わずにはいられなかった。
だが、こういう考えも同時に浮かんだ。
もし、青山さんが恐い話を苦手としていたなら?
ブルブルと恐がり始めたなら?
『大丈夫?』と、やさしく手を握ってあげることができるかもしれない。
うん、いい。
すごくいい。
心の距離を縮める絶好のチャンスだ。
そして意外にも、武藤谷さんの季節外れな提案に対して、皆の反応は悪くなかった。
面白そうだからやってみよう――――
そういう空気でロビー中が包まれ始めていた。
――数分後。
全員が輪になって、床に敷いた座布団やクッションに座り込む。
さらに少し照明も暗くして、雰囲気作りはバッチリだ。
さあ、誰が話をするんだ?
全員が、全員の顔を見渡していた。
「では、まず1発目の恐い話は私から」
すると、提案者の武藤谷さんが、短い沈黙を破り喋り始めた。
「これは、私が経験した不思議なお話なんですがね……」
部屋の暗さにマッチしたような低い声が、ゆっくりと全員の耳に流れ込んできた。
「ある所に病院がありました……でも、その病院は10年前に廃墟になっていたんです……」
ある時、と武藤谷さんは言った。
「私は友人数人とその病院に肝試しに行きました。薄暗い通路を歩くたびに床がギシギシとなり……雨水がピチャンピチャンと漏れる音がしていました……」
お、おう……で、出だしから、少し恐いな……
「そして歩いているうちに、ナースセンターらしき所を発見しました。すると……」
す、すると……??
「電話がプルルル……プルルル…………」
や、やばい!
こ、恐い!!
「私を含め、全員驚きました……」
そ、そりゃ、そうだろ……!!
「なぜ、壊れているはずの電話が……恐る恐る、その電話をとってみると……」
と、取るんじゃねえよ……!!
バカ! バカ! バカ!!
「私、305号室の者です……点滴をうって……欲しいんですが…………という声が聞こえてきたんです……」
ま、まじかよぉぉぉぉぉぉぉぉ!?
「私は、恐怖を感じすぐに電話をきりました。しかし……」
ま、まずい!
俺の恐怖メーターがそろそろマックスに……!!
「プルルルル! プルルルル!」
ひゃっっっっっっ!!!!!!
「すぐに電話がかかってきたんです……私はもう1度、震える手で電話をとりました……」
だ、だから、取るなって!!!!
「すると電話口の向こうから…………早く点滴をうって……今、ナースセンターに向かっています……と聞こえてきました……」
う、うわ……ダ、ダメだ!
せ、背筋がピキーンと凍りそうだ!!
「私たちはすぐに電話をきって、一斉に部屋から飛び出そうとしました。すると、今度は部屋のスピーカーから声が……」
ス、スピーカーからだと!?
「早く点滴をうって……私が今……どこにいるか分かる……?……私は、いま…………」
い、いま……?
俺は恐怖心より、続きが気になる好奇心のほうが強まり、気づけば前のめりになっていた。
そう。
全神経を、武藤谷さんの次の口の動きに傾けていた。
――すると、次の瞬間!
「ほら!!!! そこにいるーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」
どぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~!!!!!!!!!!
武藤谷さんは、青山さんを勢いよく指さし、大声を張り上げた。
こ、このパターンか!
恐い! 恐すぎる!!
俺は、この手の怪談話が大嫌いだ。
なぜなら、この手法はいきなり背後から『わっ!』と驚かされるようなもの。
無理だ。
驚くなというのが無理だ。
しかし、驚きはこれだけではなかった。
『ほら! そこにいる!』の大声と同時に、
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~!!!!!!」
ガバッ!!!!――――
え?
え??
ま、まじかよ!
俺の心臓は一気に鼓動がスピードアップし始めた。
というのは、青山さんが俺に抱きついてきたからだ。
もちろん、これはただの偶然。
そう。
俺が、たまたま隣にいたからだ。
気持ちは分かる。
俺と同じで、武藤谷さんの話が恐すぎたのだ。
だって、そうだろ。
内容はよくあるやつだが、その喋り方や雰囲気の作り方が、パーフェクトなんだから。
ましてや、青山さんからすれば、最後のオチで自分を指さしてくる。
マッチョな男が、ずぶとい大声で自分を指さしてくる。
以上の観点から、 彼女が恐がるのは至極、当然のことだった。
「だ、大丈夫ですか??」
俺は、青山さんの肩にそっと手をかける。
あぁ。
すごい。
さっき想像した通りになってしまった。
そういえば、ジェットコースター現象や、吊り橋効果というのを聞いたことがある。
男女が同じ緊張感を味わうと、それを恋のドキドキ感と勘違いしてしまうという、あの現象だ。
それは、恐怖感も同じ。
同じ恐怖を味わうと、なぜか一気に距離が近づいたような感覚に襲われる。
言うなれば『前向きな錯覚』
その時、勘違いしたドキドキ感は、次の日にも頭の中に記憶されているという。
『あぁ、私はこの人が好きかも』と、すごく前向きな錯覚として脳内にインプットされてしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます