エピソード5【チャンスの神様】①


――午後9時08分。


窓の外の一面の雪景色を眺めながら、全員でのディナータイムも終了。

ロビー奥のテーブルには、すでに食されて空になった一流の食器だけが置かれていた。


生ハムメロン。

カップレーゼ。

野菜とベーコンのミネストローネ。

ボンゴレビアンゴ。

ミラノ風カツレツ。

ティラミス。


今日のコースメニューは、こんな感じだった。

素晴らしい。

本当に素晴らしい。

ひろこちゃんの料理は、全員から大好評。

おせじなしに最高においしかった。

なぜ、俺がそんな感想を言えるかというと、俺やオーナー、ひろこちゃんも同席して、料理をいただいたからだ。

さすが、オーナーは金を持っている。

お客と一緒のコース料理を食べさせてくれるなんて、太っ腹だ。

客側からしても、こんな料理が食べられて、1泊3食つきで2000円。

千円札がたったの2枚。

安い。

安すぎる。

これじゃ、確実に元は取れない。

オーナーの経営的な才能は、もはや1ミクロンも感じられなかった。


それにしても、やはりすごいのはひろこちゃんだ。

確かにオーナーは『料理に使う材料は、いくらでもお金をかけて使っていいよ』と言っていた。

その言葉に対して、ひろこちゃんは『材料さえあれば、簡単に作れます』と言っていた。

ひろこちゃんは日頃から遊んでいるように見えて、いつも料理の下ごしらえなどはしていたようだ。

それは、いつお客さんが来てもいいようにということではなく、ただ単に、料理が好きだったのだろう。

そして空いた時間は、ネットゲームなどで、ひたすら遊びまくる。

なるほど。

どうりで毎日、まかないがおいしかったわけだ。

とにかく今日は、ひろこちゃんに感謝だ。


そして、食事終了から30分後――


誰も部屋に戻ろうとはしなかった。

なぜならロビーには、プラズマの50インチのテレビも置いてあり、くつろぎの場としては充実している。

よって、岡本さんも、武藤谷さんも、青山さんも、皆、楽しそうに一期一会のかけがえのない時を過ごしていた。

うん。

いい雰囲気だ。

なかなか、このペンションさくらは、アットホームないい環境だ。

巨大なホテルがどんどん建設される今の世の中、こういう暖かい空気感をかもしだすペンションは貴重かもしれない。

俺は、そう思わずにはいられなかった。


しかし。

しかしだ。

オーナーだけは、少し浮かない顔をしていた。

なぜだろう?

いったい、なぜなんだろう?


「オーナー、何かあったんですか? あまり元気がないようですが?」


俺は、耳元で小声で尋ねた。

すると、オーナーは、


「斉藤ちゃん……」


と顔を両手で覆い、静かに喋り始めた。


「実はね……」


な、何だ。

やたら重々しい雰囲気だな。


「ついさっきのことなんだけど……」

「は、はい……」

「私ね……」


オーナーは言った。



「武藤谷さんと破局したの」



え?


「私は、ずっと付き合っていこうと思っていたのに……」


え?

え??


「別れた彼氏から、電話があったみたいなの。やっぱり、もう1度やり直そうって。だから……」


だ、だから……?



「私は捨てられたの」



でえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~!!

はやっっっっっっっっ~~~~~~~~~~~~!!!!


「悲しい……悲しいわ…………」


オーナーは鼻をヒクヒクと震わせ、少し涙目になり始めた。


え!?

なんで、こんなことになったんだ!?


あっ、そういえば……ディナーが終わってすぐぐらいの時、武藤谷さんの携帯に電話があったな。

そのあと、ロビーの隅でオーナーと2人、なにやらコソコソと話していたような気がする。

そうか、あれか。

あれが、別れ話だったのか。

ていうか、もう破局かよ。

つい何時間か前に、付き合い始めたばっかりなのに?

さっきまでのあの燃え上がるような恋はなんだったんだ?

ん?

待てよ。

そういえば武藤谷さんは『恋は、突然に始まるもの』って言った時、こうも言ってたな。



『恋は、突然に終わるもの』……って。



なるほど。

おそらく、武藤谷さんの中では、こういうのは日常茶飯事なのだろう。

突然に始まって、突然に終わる。

恋の方程式としては、ごく普通のことなのだろう。

だが、まだ振られることに免疫のないオーナーからすれば、たまったもんじゃない。

いきなり生まれた恋心。

それが、いきなり終わりを迎える。

あぁ、切ない。

切な過ぎる。

もう、オーナーは立ち直れないんじゃないか?

俺は、そう思わずにはいられなかった。


しかし、そんな俺の心配をよそに、オーナーは勢いよく頬を『パンパン!』と叩くと、


「よし! くよくよしててもしょうがない!」


涙でにじんだ目を、ゴシゴシと拭き始めた。


「また新しい出会いが待っているはず! 前に進もう!」


窓の外の粉雪に誓うかのごとく、予想外に前向きな姿勢を見せ始めていた。

は、早い!

立ち直りが早い!

オーナーといい武藤谷さんといい、オカマの人というのは気持ちの切り替えが早いのか?

おそらく、そうだ。

いや、きっとそうだ。

うん。

そうに違いない。

俺は、そう思わずにはいられなかった。


そして、オーナーは再び口調が元に戻り始めていた。

まあ、心の奥底では当然オカマちゃんの自分が存在しているんだろうけど、いったん表向きは封印したんだろうな。

あぁ。

これを機会に、オーナーが女の人を好きになってくれればいいのに。

まともな恋愛をしてくれればいいのに。

う~ん。

でもやっぱりまた、マッチョな男の人に恋心を抱くんだろうな。

おそらく、そうだ。

いや、きっとそうだ。

うん。

そうに違いない。

俺は、そう思わずにはいられなかった。


そして、それからしばらく、みんなでテレビのバラエティーを見て談笑していた。

すると、その番組が終わったのを見計らって、ひろこちゃんがいきなり立ち上がり、


「みなさ~~~~ん!!」


と声を弾ませながら手を叩き始めた。


「お食事も済んだことですし、これから何か全員で出来るゲームでも始めましょう!」


ひろこちゃんは、1人で嬉しそうに盛り上がっていた。

何だろう。

すごく楽しそうだな。

あぁ、そうか。

おそらく、こんな大人数は久しぶりなのだろう。

ひょっとしたら、寂しがり屋なのかもしれない。

これからは、もっと色々一緒に遊んでやろうかな。

俺は、まるで妹を見るような目でひろこちゃんを眺めていた。


それにしても、ひろこちゃんは、なかなかいい提案をしてくれた。

ゲームか。

うん、いい。

すごくいいじゃないか。

青山さんと距離を縮めるには絶好の機会だ。

さてさて、何がいいかな。


トランプ?

UNO?

ジェンガ?

オセロ?

人生ゲーム?

プレステ?

リカちゃん人形?

たまごっち?


幸い、このペンションには、娯楽と言われるものがある程度そろっていた。

よって、普通なら誰もが、この類の遊びを思い浮かべるだろう。

だが、武藤谷さんは違った。

やはりオカマちゃんの思考回路は、普通の人とちょっとかけ離れているのだろうか。

なぜなら、笑顔でこう言い出したのだ。



『クリスマスの夜にふさわしい怪談話を始めましょう』…………と。






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