エピソード4【恋は、突然始まるもの】④
あぁ。
座った。座ってしまった。
いったい、青山さんは何を喋り出すんだろう。
俺は目を見開き硬直したまま、かたずを飲んで見守っていた。
――そして、10秒後。
「あ、ああ……」
き、きた!
きた、きた!
さっそく、トュルーチェアーの効力が現れ始めたようだ。
その証拠に、青山さんは両手で顔を覆い、もだえながら喋り始めた。
「これは……」
あぁ。
青山さんの口から、どんな心の声が飛び出すんだろう。
オーナーたちのように、最低で無茶苦茶な言葉が出てこなきゃいいけど。
「これは……」
何だ?
何を言い出すんだ??
俺は唾をゴクリと飲み込み、彼女を見つめていた。
――すると!
「これは……きっと恋だわ」
え……?
「もう恋なんかしないと決めていたのに……」
あ、青山さん……?
「私は……私は、あの人に…………」
え?
え??
「一目ぼれをしてしまったのよ~~~~~~!!」
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?
一目ぼれ!?
いったい誰に!?
本来なら、脳をフル回転させて推理するところ。
だが、その答えは容易に導き出せた。
なぜなら、青山さんが『あの人に、一目ぼれをしてしまった』と言いながら、指をさしている先には俺しかいなかった。
岡本さんは、まるっきり逆方向。
俺は、首を左右に激しく動かしてみる。
いない。
いない。
やはり、他には誰もいない。
俺だ。
青山さんの一目ぼれの相手は、やはり俺だ。
奇跡――
それは、奇跡としか言いようがなかった。
お互いが一目ぼれをしているなんて、そうそうあるもんじゃない。
俺の目の前は、一気にバラ色になった。
これでもかというぐらいバラ色になった。
まさに、トュルーチェアーのおかげだ。
この椅子がなかったら、こんな短時間で相手の第一印象を理解するなんて不可能だっただろう。
そして、岡本さんは『ブラボー!』と、まるで最高のショーを見たかのような拍手をすると、
「よいしょっと」
青山さんの肩をやさしく掴み、椅子から立ち上がらせた。
「どうでっか? 気持ちよかったですか?」
「う~ん、何かよく分かりません」
「そうか~、まあ、個人差があるからな。でも、すっきりしたはずやから」
「そうなんですか?」
青山さんは、軽くストレッチをし始める。
「そう言われると、なんだか体が軽くなったような気がします」
青山さんは、そう言いながらニコニコと笑っていた。
あぁ。
彼女は、自分が何を喋ったか、全く分かっていない。
やはり、椅子に座っている時に喋ったことは記憶にないようだ。
新型のマッサージチェアーの効果で、疲れが取れたと思い込んでいる。
おそらく、催眠術に1発でかかってしまうタイプだろう。
おそらく、饒舌なセールストークに騙され、訳の分からない浄水器なんかを買ってしまうタイプだろう。
俺は、そう思わずにはいられなかった。
そして、体をほぐす青山さんの姿を見ながら岡本さんは、
「斉藤くん……」
ささっと、再び俺の耳元に近づいてきた。
「どうやら、あの子もおまえのこと好きみたいやで。がんばりや」
「え?」
「じゃあ、部屋に戻るわ」
そう言いながら俺の肩をポンポンと叩き、岡本さんは新聞片手に部屋へと戻っていった。
あれ?
ひょっとして岡本さんは、青山さんの恋心がどうなのかを覗き見るために、トュルーチェアーに彼女を座らせたのか?
全ては俺のために?
あぁ。
そうか。
そうに違いない。
状況的に、それしか考えられない。
素晴らしい。
岡本さんは、なんて気のきく人なんだ。
俺にとっては、まさにキューピッドだ。
人は見かけでは分からない。
俺は、そう思わずにはいられなかった。
だが、これからが肝心だ。
第一印象いい者同士でも、その恋が成就しないことはよくある話。
これから先が大事。
明日、青山さんが出発するまでが勝負だ。
がんばろう。
久々に訪れた俺の恋。
がんばろう。
突然、訪れた俺の恋。
なあ、ヒトミ。
おまえも応援してくれよな。
お兄ちゃんの恋を応援してくれよな。
そういえば、おまえはいつも俺の恋を応援してくれてたよな。
『大丈夫だって。お兄ちゃん、見た目はかっこいいんだから』
『大丈夫だって。お兄ちゃん、わりと気がきくし、やさしいんだから』
『大丈夫だって。きっと、うまくいくよ』
ひやかしながら、応援してくれてたよな。
だから、今回も頼むな。
あっ。
でも俺が1番好きなのは、もちろん、ヒトミだからな。
だから、ヤキモチやくなよ。
俺の1番はいつまでも、いつまでも、おまえなんだからな。
ずっと、ずっと、おまえなんだからな。
おまえなんだからな。
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