エピソード3【そばにいるからな】②
「斉藤……そのことなんだが……」
赤川さんが、うつむいたまま再び口を開いた。
「実は……そのまま逃げたらしい」
え……
「つまり……」
赤川さんは言った。
「ひき逃げだ……」
え……?
ひき逃げ……?
嘘だ。
嘘だろ。
俺は、三度、目の前が真っ暗になった。
ひき逃げ――
それはつまり、ヒトミを殺しておいて、そのまま何食わぬ顔で逃亡したということ。
殺人――
それは、もはや事故でもなんでもない。
殺人犯。
そいつは、まぎれもない人殺しだった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
部屋中に俺の怒りの絶叫が響き渡った。
そして、さらにドバドバと涙があふれてきた。
なんでだよ。
なんでだよ、神様。
ヒトミは、まだ17歳なんだ。
これから、いっぱい勉強をして、いっぱい恋もして、もっともっと楽しい人生が待っていたはずなんだ。
なんで、なんでヒトミの未来を奪ったんだ。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
父さん、ごめんなさい。
俺はヒトミを守ってやれなかった。
母さん、ごめんなさい。
俺はヒトミに輝ける未来を用意してあげられなかった。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
ガツン!
ガツン!!
俺は喉がちぎれそうなほど絶叫しながら、何度も何度も壁を殴り続けていた。
「ああああああぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
拳から血が飛び出しても、ずっとずっと殴り続けていた。
そして、流れ出る涙は、いっこうに止まる気配はなかった。
ヒトミが、この世からいなくなった悲しい気持ち。
犯人が、そ知らぬ顔でいまだに逃げているという、憤りと怒りの気持ち。
父さんと母さんに対しての申し訳ない気持ち。
色んな気持ちが混ざった涙の味が、やたらしょっぱかったのは今でもよく覚えている。
そして、この日から3日後――
俺は刑事を辞めた。
被害者が家族だった場合、捜査には参加させてもらえない。
特別な感情が入ってしまい、冷静に事件を解決に導くのが困難だからだ。
赤川さんは、俺に言ってくれた。
『大丈夫だ。すぐに犯人を捕まえてみせる』と約束をしてくれた。
俺は赤川さんの背中を見て、今まで刑事を続けてきた。
刑事として、赤川さんを尊敬している。
だから俺は、赤川さんに全てを託した。
赤川さんなら、ヒトミを殺した犯人を捕まえてくれる。
そう信じていた。
そして俺が刑事をやめ、このペンションに来た理由は、ヒトミが命を落とした場所がこの『毛ガニ山』のふもとだったからだ。
『ペンションさくら』は、毛ガニ山の中腹よりちょっと上あたりに位置する。
そう。
俺はヒトミの最後の場所で、できるだけ一緒にいようと決めたんだ。
そう決めたんだ。
もしヒトミが幽霊になって、その場から離れられなかっても、俺が近くにいれば寂しい思いをさせないですむ。
幽霊でもいい。
ヒトミに会いたい。
おもいっきり、抱きしめてあげたい。
1人ぼっちになっているヒトミを、温かく包み込んでやりたい。
そういう思いから、現場に1番近いこのペンションで働くようになった。
俺の選択は間違っているかもしれない。
分かってる。
分かってるさ。
でも俺にはこれしか、ヒトミの側にいる方法が思いつかなかったんだ。
ヒトミ。
これからも、お兄ちゃんはずっとおまえの側にいるからな。
だから、寂しくないからな。
ずっと、ずっと――
おまえの側にいるからな――――
おまえの側にいるからな。
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