エピソード3【そばにいるからな】①


――あれは、ヒトミが合宿に行った日の夜。


そう。

去年の12月19日の夜のこと。

星空が綺麗に輝く、とても美しい夜だった。

そんな夜に俺は1人、リビングでテレビを見ながらくつろいでいた。

すると、


ドンドン!――


インターホンの音が聞こえたと思ったら、続けざまに激しくドアをノックする音が聞こえてきた。

ん?

いったい、誰だろう?

リビングの壁に設置してあるモニターで確認すると、


『斉藤!』


モニター越しに俺を呼ぶ声が聞こえた。

その顔は、先輩刑事、赤川さんだった。


え?

どうしたんだ?

何だ?

何かあったのか?

俺は玄関に走り、急いでドアを開ける。


ガチャ――


「赤川さん、どうしたんですか!?」


事件か?

俺は、即座にそう思った。

だって、そうだろう?

こんな時間に、赤川さんが息を荒げ家を訪れてくるなんて、何か事件以外に考えられない。

俺は、真剣な面持ちに早変わり。

そう。

それは、まぎれもない刑事の顔だった。

そして赤川さんは、息を落ち着かせたあと小さな声で、


「実は……」


と喋り始めた。


「ヒトミちゃんが……ヒトミちゃんが…………」

「え?」


ヒトミ……?

俺は、ヒトミという言葉に、即座に反応した。


「赤川さん!」


ガシッ!――


そしてすぐさま、赤川さんの両肩を強くつかみ問いかけた。


「ヒトミが、どうかしたんですか!?」


何が?

何があったんだ??


「赤川さん!!」

「斉藤……」


赤川さんは言った。


「落ち着いて聞いてくれ……」

「は、はい……」

「ヒトミちゃんが……」


ヒトミが……?


「合宿先で車にはねられて……」

「え……?」


く、車に……はね……られた……?


俺は一瞬、赤川さんが何を言っているのか理解できなかった。

目の前が真っ暗。

時が止まる。

まさに、そんな状態だった。


「そ、それで……ヒトミは……?」


俺は、ガタガタと震える声で尋ねた。

その顔に、刑事の鋭い眼差しはない。

妹を思う愛情に溢れた兄の顔に早変わり。

あぁ、情けない。

俺は、刑事失格だ。

だが、そんなことはどうでもいい。

だってそうだろ。

刑事の前に、俺は兄。

ヒトミの兄なんだから。


「赤川さん……ヒトミの容態は……?」


俺は、しぼりだすように恐る恐る尋ねた。


「それが……」


赤川さんは、視線を落としたまま静かに言った。


「全身を強く打った結果……内臓破裂、頸部も折れ…………」


え……



「即死だったそうだ」



……


……?


え……?

う、嘘だろ……?


再び、目の前が一瞬で真っ暗になった。


即死――――


それは、ヒトミがもうこの世にいないということ。

愛すべき妹は、どこにも存在していないということ。


「嘘だ……」


俺は全身の力が抜け、その場に座り込んでしまった。

足が言うことをきかない。

立っていられない。

そんな感じだった。


「赤川さん……」


俺は言った。


「う、嘘ですよね……何かの間違いですよね……?」


なあ、赤川さん。

嘘だろ?

嘘って言ってくれよ。

俺は祈っていた。

奇跡を信じて祈っていた。

だが、赤川さんは悲しそうに首を横に振るばかり。


「斉藤……気を確かに持つんだ……」


赤川さんは、そっと俺の肩にやさしく手を置いた。

しかし、その瞬間、何かのスイッチが入ったように――――



「嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



俺は頭を強く強く抱え込み、絶叫してしまう。


「誰がヒトミを殺したんだ! どいつがヒトミを車ではねたんだ!!」


ガツン!

ガツン、ガツン!


俺は四つんばいのまま、怒りにまかせておもいっきりフローリングの床を殴っていた。

ポロポロ、ポロポロと大粒の涙を流しながら、何度も何度も殴っていた。


誰が!

誰がヒトミを車ではねたんだ!!


その犯人を見たら、俺はどうなるんだろう。

おそらく、相手が死ぬまで殴り続けるに違いない。

だが、そんな行為は刑事として、人として許されない。

分かってる。

分かってるさ。

でも、犯人の顔を見ないことには、この怒りは抑えられない。


「赤川さん!」


立ち上がった俺は、赤川さんの肩に掴みかかると、悲しみの涙を大量にふりまきながら言った。


「その犯人は、いまどこに拘留されているんですか! すぐに行きます!」


俺の怒りは止まらない。

俺の涙は止まらない。

だが俺は、その反面、徐々に刑事の顔も取り戻しつつあった。

ヒトミの命を奪った犯人。

おそらく、自動車運転過失致死傷罪が適用されるだろう。

すなわち、7年以下の懲役。

死刑になんかならない。


事故――


犯人も悪意があったわけじゃないんだから、これは事故として扱われるだろう。

分かってる。

分かってるさ。

でも、俺は許さない。

一生をかけて、その犯人には罪を償い続けてもらう。

俺は赤川さんの顔だけを見つめて、犯人の拘留先がどこなのか、その答えをじっと待っていた。


――すると。





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