エピソード1【不思議な椅子】⑧
すると武藤谷さんは、
「ウフッ、面白い子ね」
え?
「最高よ、あなた」
ええ!?
「わたし……」
わ、わたし……?
「私、気に入っちゃった♪」
おぉぉぉぉぉぉ~~~~!!
なんというミラクル!!!!
予想に反して、クスクスと肩を揺らしながら笑っているじゃないか。
この状況から察するに、短髪マッチョなオカマは、どうやら変わった奴が好きみたいだ。
先程とは打って変わって、一気に武藤谷さんは上機嫌に早変わりしていた。
良かった。
良かった。
とりあえず、これでオッケーだ。
なんにせよ、お客様の機嫌が元に戻った。
おおっぴらに俺のおかげとは言えないが、まあ結果オーライだろう。
そして、俺が安堵感で大きく息を吐き出した時、
「ところで、オーナーさん……」
と、武藤谷さんが嬉しそうに喋り始めた。
「あなた、隠しても無駄よ」
え?
何だ?
どういうことだ?
「うふっ。私の目はごまかせないわよ」
武藤谷さんはオーナーの肩をポンポンと叩き、ウインクを2回送っていた。
いったい、何の話なんだ?
話を振られている当の本人、オーナーもやはり全く訳が分かっていない。
当然ながら、困惑した表情で聞き返した。
「あ、あの、私が何か……?」
「あなた……私と一緒でしょ?」
え?
何だ?
どういうことだ?
ハッ!
も、もしかして!
一緒ってことは……つまり、その……オーナーもオカマってこと?
ハハ。
そんなことがあるわけない。
俺は、もう1年も一緒にいるんだ。
オーナーのことは、ある程度よく分かっている。
そんなことがあるわけない。
俺は馬鹿馬鹿しさから少し笑いつつ、チラッとオーナーを見る。
すると、
「あっ……その……」
オーナーは、うつむき加減でボソボソッと口を開いた。
「うそ……どうして分かったの……?」
え?
「あなた、すごいわね……」
ま、まさか……
「いや~~~~~~ん、恥ずかしいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ♪♪♪♪」
でえぇぇぇぇぇぇ~~~~!!
うそだろぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~!!!!
俺の目に飛び込んできたのは、モジモジしながら頬を赤らめているオーナーのおくゆかしい姿。
まるで、おさげがよく似合う昭和の純粋な女学生のようだ。
こ、これは、どうやら本物だ。
オーナーは、本物のオカマちゃんだ。
すごい。
すごいぞ。
こんな山の上の小さなペンションにオカマちゃんが2人もいるなんて、中々お目にかかれない状況だ。
そして武藤谷さんは、オーナーの手を取って真剣に語りかけ始めた。
「嬉しいわ……やっぱり、オーナーも私と一緒でそっち系なのね。一目見た時からそう思ってたわ」
う、うわっ……
「私……」
あ、あの……
「オーナーに、一目ぼれしたみたい」
ま、まじかよぉぉぉぉ~~~~~!!
禁断の恋の告白シーンが、普通に目の前で繰り広げられているじゃないか。
で、でも、ちょっと待てよ。
なんだかんだ言っても、オーナーもそこまで本気のオカマちゃんではないはず。
俺は、オーナーに急いで目を向けた。
――すると!
「実は、私も……」
え?
「出会った時からあなたのことが……」
あ、あの……
「ス・キ♪」
でえぇぇぇぇぇぇ~~~~~!!
まじかよぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~!!!!
がっつり、オーナーも一目ぼれしてるじゃないかよ!
まいった。
まいった。
あぁ、まいった。
どうやらオーナーも、完全に本気のオカマちゃんだったようだ。
2人をとりまく空気は、明らかにピンク色。
さらに、ハリウッドの超大作ラブストーリーの音楽までもが聞こえてきそうな雰囲気も、かもし出していた。
ハァ……
しかし……まさかオーナーまでもが、オカマちゃんだったとは。
人は見かけでは分からない。
俺は、そう思わずにはいられなかった。
とまあ、こんな感じで突然のラブストーリーに盛り上がる中、ひろこちゃんはその甘い雰囲気にとらわれることなく、
「では、岡本様、201号室のほうへご案内いたします」
と、笑顔で岡本さんを部屋へエスコートし始めた。
「いや~、ほんまおもろいわ~、久々に笑ったわ~!」
岡本さんは、歩きながらお腹を抱えて爆笑していた。
オーナーと武藤谷さんの禁断の恋が、よほど面白かったのだろう。
そのあとロビーには、俺とオーナー、そして武藤谷さんの3人だけになった。
俺の目の前では、相変わらずオカマちゃん2人のラブラブタイムが続いていた。
う~ん、こりゃ、2人とも相当本気だな。
そして気づけば、オーナーもすっかりオカマ口調。
武藤谷さん同様、隠そうという気持ちは全く無くなっているようだ。
恋の炎が燃え上がるとは、まさにこのことだな。
とまあ、こんな状態だから、俺は邪魔するのもなんだなと思い、1階奥にある従業員の部屋に戻ろうとした。
すると、
「斉藤ちゃん」
5歩ほど歩みを進めた時だろうか。
オーナーがクスクスと笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「全く~、斉藤ちゃんも隅に置けない色男よね」
「え?」
「さっき、トュルーチェアーに座った時『ヒトミ、ヒトミ』って連呼してたでしょ?」
「あ、ああ、はい、、、」
俺は、心臓をわしづかみされるようにドキッとした。
まいったな。
ヒトミって名前を聞くだけで、やたら必要以上に反応してしまうな。
「す、すみません、見苦しい姿を見せちゃったようで。本当に座っている間の記憶は頭の中に残ってないんですね……」
「うふっ、まあいいわよ。そんなことより、あなた……」
オーナーは、楽しそうにニヤッと口角を吊り上げた。
「そのヒトミって人……よっぽど大切な女性だったのね」
「ま、まあ……」
俺は、さらに心拍数が上がり始める。
だが、オーナーはお構いなしに話を続けた。
「もしかして斉藤ちゃん、そのヒトミって子に振られてこの町にやって来たんじゃないの?」
「い、いえ……」
俺は、なんて答えていいのか分からなかった。
というよりも、言葉を探すのに必死だった。
実は、俺はここで働いてはいたものの、オーナーやひろこちゃんに家族の話はしたことがなかった。
まあ、面接も『じゃあ、今日から働いてね』という感じで、ものの1分で終わったから自分のことを話す必要が無かったというのもある。
おそらく日本中探しても、3本の指に入るぐらいの短い面接だっただろう。
とまあ、こんな適当なペンションだから、その後もとりわけ、俺はあまり自分のことについて話したことはなかった。
そして、黙り込む俺を見かねてか、オーナーは、
「しかし、まあ……あなたも諦めの悪い男よね」
と呆れたように、ため息を吐き出した。
「ここに住み込みで働き出してから、もう1年も経つってのに、まだ忘れられなくて昔の女の名前を呼ぶなんて……」
そういうのって、とオーナーは言った。
「ちょっと、女々しいんじゃないの?」
「は、はは……」
俺は、ひたすら愛想笑いをするばかり。
それしかできなかった。
そしてさらに、武藤谷さんも口を挟み始めた。
「そうよ。恋は突然に終わるものよ。そして、私たちみたいに、恋は突然に始まるものでもあるんだから」
そう言うと武藤谷さんは、オーナーの肩に手を回した。
「いやん、武藤谷ちゃんたら、大人のお言葉」
ガバッ!――
オーナーは、吸い付くように武藤谷さんの厚い胸板に顔を埋めた。
あぁ。
幸せそうだ。
これはこれで、1つの愛の形なのだろう。
俺は、2人の恋を温かく見守ってやろうと心に誓ったのだった。
「じゃあ、武藤谷ちゃんには、私のお気に入りの部屋を使わせてあげるね」
そしてオーナーは、武藤谷さんを部屋へと案内していった。
おそらく、その部屋では今まで以上にラブラブモード全開になるんだろうなと、よからぬ妄想をしたりもしてしまった。
恋は突然に始まり、突然に終わるもの。
……か。
確かにそうかもな。
『突然に終わる』ってところは、納得してしまう。
あんなふうに、突然に終わるとは思わなかった。
神様なんかいない。
俺は、そう思わずにはいられなかった。
ハハ……諦めの悪い男……か。
あぁ、そうさ。
俺は、諦めの悪い男さ。
だって、諦められるわけがないだろう。
あの時、俺はどうして無理にでも引き止めなかったんだろう。
悪い予感がしてたのに。
ごめん。
ごめんよ。
全部、俺が悪いんだ。
ごめん。
ごめん。
ごめん。
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