エピソード1【不思議な椅子】⑦


しかし……ちょっと困ったことになったのは、お客さんの2人だ。

従業員にそんなことを言われれば、機嫌が悪くなって当然。

しかも武藤谷さんは、


「私……やっぱり、他のペンション探そうかしら……」


と、帰り支度まで始める始末。


まずい、これは、まず……

ん?

ん? ん??

ていうか、武藤谷さんの今の口調。

あの人は、このままオカマキャラをオープンのまま生きていくのだろうか?

そういう方向性でいくのだろうか?

う~ん。

どうなんだろう。

まあ、いいか。

今は、そんなことどうでもいい。

とにかく、せっかく来てくれたお客さんだ。

帰られては、申し訳ない。


俺は、再びオーナーに視線を送る。

すると、オーナーは『僕に任せといて』的な頷きを俺に披露してきた。


――そして。


「お客様~~~~~!!!!」


オーナーは、この場の空気を一辺するような明るい口調で喋り始めた。


「今度は、お口直しに私が座りますから! そして、透き通った心の内をお見せしますから!」


ストン!――


そう言うと、オーナーは笑顔でスキップをしたあと、すぐさま椅子に座った。

頼む。

頼むぞ、オーナー。

ひろこちゃんの暴言で奈落の底まで下がってしまった、このペンションの株を取り返してくれ。

俺は手を合わせて、必死で祈りを捧げていた。


あぁ。

オーナーの姿が、1人で巨大なモンスターに向かっていく誇り高き勇者のようだ。

勇者よ!

頑張ってくれ!

お客様の機嫌を最高のお花畑にしてくれ!

俺の目は、椅子に座るオーナーただ1人に釘付けになっていた。

すると、



「あぁぁぁぁ~~~~~~~!!」



先ほどと同じように、椅子の効力がオーナーを支配し始めた。

『お客様は神様です』

『ようこそ、ペンションさくらへ』

俺は、こういう言葉を期待していた。


――しかし!



「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~!!」



え?



「あぁぁぁぁぁぁ~~!! むかつくぅぅぅぅぅぅ~~~~~!!!!」



あ、あれ……

勇者が、モンスターのような顔つきに……




「今日も1日、プレステ4でだらだらと遊んで過ごそうと思ってたのに、まさか客が来るなんてぇぇぇぇぇぇ~~~~!!!!」




でえぇぇぇぇ~~~~~~!!


な、なんてことを言うんだ、この人は!

勇者のかけらもないじゃないか!




「昔は、ペンション経営に多少やる気はあったけど、今ではすっかりグウタラ生活が楽しいのにぃぃぃぃ~~~~!!!!」




な、何が透き通った心を見せるだ!

曇りまくってるじゃねえか!




「あぁぁぁぁ~~~~!! やだよぉぉぉぉ~~~~!! 働きたくないよぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~!!!!」




オーナーは椅子に座ったまま、子供のように駄々をこね始めた。

や、やばい!

これは、やばすぎる!

一刻も早く止めなくては!


「オ、オーナー! 早く立って!!」


俺は大量の冷や汗を額に浮かべ、慌ててオーナーを椅子から立ち上がらせる。

そして、すぐさま武藤谷さんに、


「す、すみません! 悪気はないんです! お許しください!」


これでもかというぐらい、頭を下げて謝った。


――しかし。


「もう嫌だわ! 私、帰る!!」


武藤谷さんは、案の定、プンプンと頬を真っ赤に膨らませドアに向かい始める。

当然だ。

大声で暴言を吐く女性従業員とオーナーがいるペンションなんか、気分を害して当たり前だ。

だが、そう思うと、岡本さんは我慢強い。

こんな状況になっても、帰るとは言い出さないんだから。

意外に我慢強い人だ。


「あははは! みんな、おもろいな~!」


さらに、その光景を見て、にこやかに笑っているではないか。

あぁ、素晴らしい。

仏様のように見えてくる。

なんとか和ませようとしてくれている。

空気を変えようとしてくれている。

なんていい人なんだ。

岡本さんは、なんていい人なんだ。

やっぱり、人は見かけでは分からない。

俺は、そう思わずにはいられなかった。


だが、とりあえず、今は武藤谷さんをなんとかしなければ。

機嫌を直してもらわなければ。


「待ってください!」


俺は慌ててドアの前に立ちはだかり、手を広げて出口を塞いだ。


「次は、僕が座りますから! 僕は、本当にお客様のことを思っていますから!」


ストン!――


そう言って、俺は椅子に座った。

お客様を心からもてなしたい。

そう思っていたのは確かだ。

さらに、俺は心が綺麗だ。

そういう自信があった。


さあ!

みなさん!

俺の心の声を聞いてください!

さあ!

俺の心の声とは!?

心の声よ!

みなさんの前に姿を現せ!


「あぁぁ~~~~!!」


そして、椅子の効力により俺の口は勢いよく動き始めた!






「ヒトミ、ヒトミ、ヒトミ、ヒトミ、ヒトミ、ヒトミ、ヒトミ、ヒトミ、ヒトミ、ヒトミ、ヒトミ、ヒトミ、ヒトミ、ヒトミ、ヒトミ、ヒトミ、ヒトミ、ヒトミ、ヒトミ、ヒトミ、ヒトミ、ヒトミィィィィィィ~~~~~~~~!!!!!」






…………




あぁ。

まいった……最悪だ……



俺はこれでもかというぐらい、妹の名前を連呼したようだ。

もちろん、その時に喋ったことは記憶には残っていない。

俺の異変をすぐに感じ取ったオーナーが、即行、椅子から立ち上がらせて、そっと教えてくれた。

そして罰が悪いことに、俺の叫び方はかなり気持ちが悪い雄叫びだったようだ。

ちょっとニヤニヤと笑いながら、1人の女性の名前だけを叫びまくる。

はた目から見たら、気持ち悪いことこの上ない。

まいった。

まいった。

お客様の悪口は言っていないが、これじゃ変態がいるペンションというレッテルまで貼られてしまう。

さらに印象を悪くしてしまった。

ハア~……

どうやら俺の頭には、ヒトミのことしかないみたいだ。

当然、こんなありさまじゃ、武藤谷さんも輪をかけて怒っているに違いない。

俺は、恐る恐る、武藤谷さんの顔を横目で見てみた。



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