エピソード1【不思議な椅子】⑥
「う~ん……」
その期待に反して、オーナーが浮かない表情で喋り始めた。
「確かに、そういう使い方が1番良いのかもしれません……」
でも、とオーナーは言った。
「この椅子の効力は、まさに今日のこの日、クリスマスの1日だけなんですよ」
え……?
「長年の経験から実証済みです」
オーナーは『およよよ~』と泣きまねをして悲しさを表していた。
1日だけ――
たった1日だけ。
それが、新たに判明したこの椅子の秘密だった。
でも、俺は妙に納得してしまった。
おそらく、奇跡はそんなに長くは続いてくれないということだろう。
う~ん。
やはり、謎の多い神秘的な椅子だ。
俺は考えた。
なぜ、この椅子の力が、クリスマスの1日だけなのかということを。
そして、色々な思考を張り巡らせた末、結果的にこういう答えが浮かんだ。
『せめて、イエス・キリスト様が生まれた日だけは、嘘をつかずに正直になりなさい』
そういう意味があるんじゃないかと、勝手に想像を膨らませていた。
「えっと……」
次に俺は、壁にかけてある時計に目をやった。
現在時刻は、午後5時23分。
ということは、この椅子の力は、あと6時間半ぐらいってことか。
永遠に続くと思っていた椅子の力が、実はたったの1日。
俺はその事実を知ったことによって『もっと、この椅子の力を見てみたい。もっと、奇跡を見てみたい』という好奇心がどんどん湧き上がってくるのを感じていた。
――すると。
「では、皆様……」
ひろこちゃんが、背筋良く手を上げ喋り始めた。
「次は私が座ってみましょう。私もこのペンションに来て2年ほどになりますが、この椅子の秘密は初めて知りました。従業員である私が身を持って試してみましょう」
そう言いながら、椅子に座ろうとするひろこちゃん。
やった。
ちょうどいい機会だ。
もう1度、椅子の力を見ることができる。
俺は思った。
ひろこちゃんの本音が飛び出すとすれば、
『このペンションは経営がなっていない』
とか、
『もう少し、こういう接客をすればいいのに』
とか、そういう愚痴がわんさか出てくるんだろうな。
俺はそう思っていた。
――しかし!
「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~!!!!」
椅子に座ったとたん、ひろこちゃんは人が変わったように、
「だあぁぁぁぁ~~~~!!!! もうぉぉぉぉぉぉぉ~~~~!!!!」
乱暴な口調で声を荒げ始めた。
「今日も1日、録画してた連ドラ見たり、スマホゲームで無課金でいける限り、だらだらと遊んで過ごそうと思ってたのに、まさか客が来るなんて思いもしなかったぜぇぇぇぇぇぇ~~~~~!!!!!!!」
ひ、ひろこちゃん!?
「ここのオーナーが、親の遺産を引き継いで趣味でやっているようなペンションで、客が全く来なくても、すっげえいい給料が貰えるから、2年も続けて働いてたのにぃぃぃぃぃぃ……!!!!」
も、もう……
そのへんでやめたほうが……
「くっそぉぉぉぉ~~~~!! 『看板を作ってみたら?』なんて言うんじゃなかったぜぇぇぇぇぇぇぇ~~~~!!!!」
ま、まずい!
これはやばいぞ!
俺は今まで感じたことのない焦りを覚え始めていた。
だが、暴走少女は、いっこうに止まる気配を見せなかった。
「ていうか……」
武藤谷さんと岡本さんを、鋭い目つきでギラリと睨みつける。
「こいつら……早く帰れよ」
え!?
「全く、空気の読めない客だな……」
ええ!?
「あぁぁぁぁ~~~~~~!! むかつくぅぅぅぅぅ~~~~~~~!!!!」
バッ!――
ひろこちゃんは腕を振り上げ、勢いよく椅子から立ち上がった。
――すると!
「いかがでしたでしょうか?」
いつものような才女の雰囲気を漂わす口調に早変わり。
「私の、嘘偽りない裸の姿を見ていただけましたか?」
何事もなかったように、冷静に喋るひろこちゃん。
あぁ、そうか。
そうだな。
椅子に座っている間に喋ったことは、記憶に残っていないんだっけ。
だが、まいったぞ。
まさかひろこちゃんも、自分がとてつもないことを喋ったなんて思ってもいないだろう。
せめて、スマホゲームのくだりぐらいで止まっていれば……それならば、ひょっとしたら『かわいい~』で済んだかもしれないのに。
あれじゃ、裸になりすぎだよ。
ハア……
人は見かけでは分からない。
俺は、そう思わずにはいられなかった。
「斉藤さん、いかがでしたか? 私は、どんなことを喋っていましたか?」
「え!?」
ま、まずい!
ひろこちゃんが、俺に照準を定めて尋ねてきた。
困った。
困った。
なんて言えばいいんだ。
俺は、わずか5秒の時間、悩みに悩んだあげく、
「い、いや、このペンションはいい所だな~とか、そ、そんなことを言ってたよ、、、」
と、目を泳がせながら答える。
「べ、別にたいしたことは言ってなかったよ、、、」
「そうですか」
ひろこちゃんは『ニコッ』とかわいい笑顔を浮かべ始めた。
「私は心の中で、いつもオーナーを尊敬していますから」
「そ、そうなんだ、、、」
俺は頭をかきながら、ハハハと下手な愛想笑いをした。
す、すごい。
この子は、平気で嘘をつく子だな。
もし、ホステスにでもなれば、ナンバーワンも夢じゃないんじゃないか。
きっと、いや、かなりの確立で。
俺は、そう思わずにはいられなかった。
おそらくひろこちゃんは、
『この椅子の力が本物でも、自分の心の内は見せない』
そういう自信があったのだろう。
なぜなら、彼女の勝ち誇っている顔を見れば、そのことが容易に感じ取れたからだ。
だが、ひろこちゃんは、簡単に椅子の力に負けてしまった。
すごい。
やはり、この椅子はすごい。
俺は、そう思わずにはいられなかった。
ところで、ひろこちゃんへの対応は、今のでよかったのだろうか?
本当のことを言うべきだったのだろうか?
『最低、最悪、無茶苦茶なことを言ってたよ』
と、事実を言うべきだったのだろうか?
う~ん。
言えない。
それは言えないな。
俺はまたまた悩みに悩んだあげく、オーナーにチラッと視線を送った。
すると『うん、今のでいいよ』的な頷きが、ため息と共に帰ってきた。
あぁ、良かった。
やっぱり、今ので正解だったな。
まあとりあえず、オーナーも、これからはちゃんと面接をして従業員を雇うだろう。
結果的には、経営者として1つ賢くなったから、オーナー的には良かったのかもしれないな。
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