エピソード1【不思議な椅子】⑤


「離せ!」


すかさず、武藤谷さんは振り払う。


「俺は疲れてるんだ! 部屋に戻って寝る!」

「まあ、そう言わんと!」


ついに岡本さんは、後ろからはがいじめにし、無理やり座らせにかかった。


「おい! 斉藤の兄ちゃんも手伝えや!」

「は、はい!」


俺はその勢いに負け、岡本さんに加勢した。

さらには、オーナーまでもが加わってきた。

『命令されているから手伝っています』的な空気を出しながらも、俺は内心、少しワクワクしていた。

正直、俺自身、もう1度椅子の力を客観的に見てみたかったからだ。

絶好の機会。

今度は、じっくり目をこらして見てみよう。


「やめてくれ! 俺はこんな椅子なんかに座りたくない! お願いだから俺をそっとしておいてくれぇぇぇぇぇぇ!!!!」


筋肉質な武藤谷さんでも、大人3人の本気の力には勝てなかったようだ。

体の自由を奪われジタバタと足を振りながら、武藤谷さんは必死で叫んでいた。


う~ん。

何だ?

何なんだ??

ていうか、なぜ、ここまで嫌がるんだろう?


でも、まあ、いい。

椅子の力が本物かどうかはっきりするんだから、とにかく座らせよう。

なんとしてでも座らせよう。


「さあ! 観念せえぇぇぇぇぇ!!」


岡本さんの天に突き刺さるような声と同時に、俺とオーナーも唇をグッと噛み締め最大の力を加える。


「う、うわっっっっ!!!!」


さすがの武藤谷さんも、もはや抵抗する力は残っていなかった。


ストン!――


そのまま崩れ落ちるように、例の椅子に座り込んだ。

やった。

やったぞ。

椅子に座らせることに成功した。

俺たちは、ゴクリと唾を飲み込み、武藤谷さんの次なる行動だけを見つめていた。



「あ、あ……あ…………ぁぁ…………」



すると、椅子に座ってまもなく、武藤谷さんが顔を覆い小さな声でうめき始めた。


きた!

きたぞ!

これは、もしかして椅子の不思議な力が働き出したということか!?

それとも、全く関係がないのか!?


どうなんだ?

どうなんだ?

この椅子の力は本物なのか??


俺はさらに目が離せなくなり、高鳴るドキドキ感を抑えるのに必死だった。


――そして、次の瞬間!



「あ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~!!!!」



頭を抱え背中をのけぞった武藤谷さんの絶叫が、ロビー一面にこだました。

き、きた!

武藤谷さんに異変が起き始めた!

やっぱり、この椅子には何か特殊な力があるのか!?

分からない。

まだ分からない。

俺はこれから何が起こるのか、全く想像できなかった。

とにかく、武藤谷さんだけを、瞬きするのも忘れて食い入るように見つめていた。



「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~!!!!」



武藤谷さんは、さらに喉が潰れんばかりの大声で叫んだ。



「どうしましょう!! 困ったわぁぁぁぁ!!!!」



え?

何だ?

何が困ったんだ?



「私が……」



私が?



「私が、オカマだってことがバレたら一大事だわぁぁぁぁぁぁ!!!!」




でえぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~!!!!



ま、まじかよ!

なんという衝撃発言なんだ!!


「それに! それにぃぃぃぃぃぃ!!!!」


武藤谷さんは、ポケットから黄色いハンカチを取り出し、口にくわえながらモジモジし始めた。


「それに旅の目的が、男に振られて悲しみのどん底にある心を癒すための当てのない旅だと知られたら、恥ずかしくて私……」


わ、私……?


「もう絶対に生きていられないわぁぁぁぁぁぁぁ~~~~!!!!」


う、うわっ!

ホロリと涙まで流し始めた!


「ダメよ、ダメ! 絶対に、私の素性は隠し通さなきゃダメなのよぉぉぉぉ!!!!」


む、武藤谷さん!



「ダメなのよぉぉぉぉ~~~~!!!!」



バッ――



武藤谷さんは、今日1番の絶叫と共に勢いよく立ち上がった。


――すると!



「おい、早く部屋に連れて行けよ」


え?

え??

武藤谷さんは、また、筋肉質を想像させるような、ぶっきらぼうな喋り方に戻っていた。

あれ?

何だ??

まるで、何もなかったかのような振る舞いだ。

ん?

待てよ……

あぁ、そうか。

そういえば、座っている時に喋ったことは、記憶に残っていないって言ってたよな。

だからか。

だから、何も覚えていないのか。

え?

ちょっと待てよ。

ということは……やはり、この椅子はただものじゃないということになるな。


「あ、あの……」


俺は、すぐさま武藤谷さんに尋ねた。


「今、自分が喋ったこと覚えてないんですか……?」

「あ? 俺、何か言ったのか?」

「い、いや、その……」


どうしよう……やっぱり、何も覚えていないみたいだ。

う~ん。

いったい、なんて言ったらいいんだろう。

言えない。

言えないな。

あなたの秘密を知ってしまった、なんて言えないな。

俺は、この場に最適な言葉を探すのに必死だった。


――すると、その時。


「よっ」


突然、岡本さんが!


「いや~」


武藤谷さんの肩をポンポンと叩き!


「びっくりしたわ~」


ニヤニヤしながらストレートに!




「オカマちゃ~~~~ん!!!!」




でえぇぇぇぇ~~~~~~!!!!



言ってしまった!!

武藤谷さんに指を突き刺し、直球で言葉を放り投げた!

す、すごい!

何のためらいもなく言い放った!

ズドン、ズドンと、バズーカのごとく言い放った!


そして、自分の秘密を暴露された武藤谷さんはというと、


「う、うそ……」


顔面が真っ青になり、その場にヘナヘナと膝から崩れ落ちた。

大丈夫か!?

ま、まさか!

正体がバレたショックで自殺なんてことは!?

俺は、本気でそんなことを考えていた。


――しかし!


「いやん……」


え?


「恥ずかしい……」


あ、あの……




「……うふっ♪」




はぁぁぁぁぁぁ~~~~~~!?



頬が『ポッ』って赤くなってるじゃないか!

そう。

武藤谷さんのその表情は、明らかに乙女の顔だった。

そして、なぜか爽快感のようなものも感じられた。

1つ言えることは、確実に自殺するような雰囲気はないということ。

おそらく武藤谷さんは、今までオカマだということを愛する人以外には、必死で隠していたのだろう。

『いい機会だ。バレたのなら、これからはオープンに生きていこう。』

ひょっとしたら、今の頬を赤らめている状態が指し示すものは、そういう思いが芽生えた証拠かもしれない。

俺は呆然と、乙女バージョンに変化した筋肉質の男を眺めていた。

そうか。

武藤谷さんはオカマちゃんだったのか。


本当に、人は見かけでは分からない。

俺は、そう思わずにはいられなかった。


そして、このことがきっかけで、その場にいる全員が椅子の力を信じることになった。

オーナーは、してやったりといった得意げな表情を浮かべていた。

もちろん、まだ謎は多くある。


この椅子の原理はどうなっているのか?

本当にオーナーの曽祖父が、サンタクロースから貰った物なのか?

そういうことに関しては、オーナーもよく分かっていないようだ。


謎だ。

謎が多すぎる。


この不思議な椅子についての色々な議論が、その場で行われていた。

だが、明確な答えは全く出てこない。


難しい。

難しすぎる。


この解答を導くのは、世界一難解な数学の問題を解くより難しいかもしれない。

でもまあ、いいか。

これから、ゆっくり解明していけばいいだろう。

とにかく、この椅子には人の本音を導く力がある。

それだけは、もはや疑うことができなくなっていた。


「あっ……」


そんな時、俺は1つの疑問が浮かび上がり、思いつくまま誰に言うでもなく話し始めた。


「もしですよ……例えば……人知れず罪を犯して逃げている犯人が、この椅子に座ったりしたら……どうなるんでしょうね?」


すると、俺の疑問に答えてくれたのは、岡本さんだった。


「そやな……そりゃ、簡単に自白してしまうんちゃうか」

「やっぱり、そうですよね」

「そしたら警察は楽やな。ここに置いとくより警察へ寄付したほうが、よっぽど世のため人のために使われるんとちゃうやろか」

「なるほど」


確かに、その通りだと思った。

この椅子の力なら、どんな嘘発見機よりも確実。

警察は、万々歳だ。


――しかし。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る