映画、雨、合言葉

 映画館に来たのはずいぶんと久しぶりな気がする。


「席は一番後ろだよー」


 僕の服を後ろから引っ張りながら、幼馴染みが言う。


「よくわかんないけど、一番後ろって観やすいの?」

「や、近いとね? 怖いんだよ」


 嫌なら何故ホラー映画を観に来たのだろうか。


「……まぁいいか。あ、足下気を付けてね」

「はーいっ。優しいね、キミは」


 嬉しいような、恥ずかしいような。僕はとりあえず聞こえなかったふりをした。


―――


 席に座って、流れるCMを眺める。


「他にも結構面白そうな映画あるねー。キミって恋愛ものとか好き?」

「んー、あんまり観ないなぁ」


 映画館には滅多に来ないし、そもそもテレビもほとんど観ない。せいぜい朝のニュースくらいなものだ。


「それはね、人生損してるよ? 1割くらい」


 なんとも微妙な割合だ。


「お」


 証明が消えて、暗くなる。見える光は非常口マークの光くらいだ。映画が始まるらしい。隣の幼馴染みが大きく息を飲んだのがわかった。


 物語は雨の降る街から始まった。なんでもこの街は昔亡くなった一人の少女によって呪われているらしい。映画をよく知らない僕でもわかるほどのありきたりな設定だ。


 あくびをひとつ。想像以上に退屈だ。


「……っ」


 幼馴染みは真剣に観ているようだ。スクリーンから目を離しそうにない。……よし、寝よう。バレないことを祈るのみだ。


――何かが僕の手に触れる。


「ん? 寝てない、寝てないよ?」


 触れたのは幼馴染みの手だった。震えているようだ。


「どうしたの?」

「えっと、思ったより怖くて……その、だから……手、繋いでていい?」


 もう繋いでいるけども。第一、この状況で拒める人間などいるのだろうか。


「いいよ」


 僕からも弱く握り返す。

 すると、彼女は少し安心したのか僕に笑顔を見せると、またスクリーンの方を向いた。僕もつられて、そっちを向く。


「おおっ」


 確かに結構怖い。クライマックスっぽいシーンが流れている。逃げる主人公に、追う少女の霊。その声が。その姿が。主人公に迫っていく。懸命に逃げ、命からがら家に辿り着いた主人公。安堵のため息をついた時――あ、痛い痛い。強く握られている手が痛い。


「あ、これで終わりか」


 一応いくつかのホラー映画を観たことがあるが、そのどれもがバッドエンドだった。何故いつも幼馴染みはこんなものを観たがるのだろう。


「じゃあ、帰ろうか。それともどこかでご飯でも…………あれ?」


 返事がない。ただのしかばねのようだ。


「よし、置いて帰ろう」


 繋いだままの手が更に強く握られた。その華奢なからだのどこにそんな力を隠してたの?


―――


 映画館を出ると、外は雨が降っていた。入る時には晴れていたんだけどなぁ。


「私折りたたみ傘あるよ」

「おー、さすが」


 一つの傘に二人で入る。昔はよくしていたことだけど、やっぱり少し恥ずかしい。


「相合傘久しぶりだねーっ」

「そういや、さっきの映画もこんな感じの天気だったね」


 本日二度目の聞こえなかったふり。心を覗かれたようで悔しくなった僕は、代わりに少しおどかすようなことを言ってみた。


「うえぇ、変なこと言わないでよ……」

「あー、そっか。今日家に誰もいないんだっけ」

「ああああ怖いいいいどうしよおおおお」


 おお、幼馴染みが壊れた。


「ごめんごめん。帰って着替えたら遊びに行くからさ」

「ほんと!? ……でもキミが霊にとりつかれてたらどうしよう~」


 ちょっと楽しくなってきた。


「じゃあ、合言葉でも決めようか? それなら僕が僕だってわかるでしょ?」

「いいねいいねっ!」


 僕の言葉に何度も頷く。


「えーっとね……じゃあ、私が『幼馴染みのことが?』って聞くから、『大好き』って答えてねっ」

「よし、わかったよ!」


 僕史上最高(多分)の爽やかな笑顔で答える。

 合言葉を言わず、むしろ怖がらせることがたった今決まった。


 ……まぁ、その言葉はいつか言うよ。

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