本、引っ越し、空
もうすぐ君に会える。
それは、この退屈な生活との別れ。
それは、あの楽しかった日々との再開を意味する。
具体的にはいつ会える?
僕の質問に母さんが答えた。
――三日後くらい、と。
―――
僕は物に執着がほとんどない。
昔は色々な物を持っていて、その全てが宝物だったのだが、何度も引っ越しを繰り返すうちに物が多いことをわずらわしく思うようになったのだ。
辺りを見渡す。残っているのは生活に必要な最低限の物と、何冊かの本だけだ。
本は僕の知らない世界がたくさん詰まっているものだから、好きだ。
それに、読み終えてしまえば捨ててしまえる。何度も読み直すなんてこと、僕はしないのだから。
たまにはカーテンを開けてみないか、と父さんが言った。僕は首を横に振る。
空は嫌いだ。
だが、父さんが言うようにカーテンを開けてみるのも良いかもしれない。ここから空を見るのは今日を含めてあと三日しかないのだから。
カーテンを開ける。
なぜか名も思い出せぬ君のことが頭に浮かんだ。
―――
僕は明日旅立つ。
残り少ないここでの生活をのんびりと過ごしていたいところだけど、そうもいかない。
読み終えた本や、もう使うことのない物の処分をしなくちゃいけない。
次の引っ越しは僕ひとりですることだ。
荷物は少ない方が、楽に行けるだろう。
辺りを見渡す。あるのは生活に必要最低限の物と、一冊の本だけだ。
ほとんどの片付けを終えた僕は、残った一冊の本を手に取った。
これだけは捨てられない。この本は君が貸してくれたものだ。ようやく返せる日が来るのだ。
あぁ、早く今日が終わればいいのに。
夕方になって、僕はカーテンを少し開けた。
空は赤い。君と出会った時の空と同じ赤色。
突然、涙が出そうになった。
喜びの涙か、悲しみの涙か、僕にはわからなかった。
―――
夜。本を抱き締めたまま、今日のことを思い返していた。
父さん、母さん、妹。それから、遠くで仕事をしている姉さんまでが会いに来てくれた。久しぶりに退屈しない一日だった。
今、僕はひとりだ。
みんな僕と話していたいと言ってくれたけれど、ひとりになりたいと頼んだのだ。
窓から空を見ている。数えきれないほどの星が僕を照らしている。そんな気がした。
何時間がたっただろう。
僕は眠ることにする。
カーテンを閉めないと明るくて寝られそうにないが、今の僕には閉められない。
両手の中にある本を読み返すことも、できない。
時間が急激に流れていく。
二日前にあった本は、昨日にはないし。
昨日できたことは、今日にはできない。
まだ、空は見える。月が見える。月が僕を照らしている。
月の光が道のように伸びている。その先に、いるのだろうか。
「――空」
思い出した。
それは、君の名前。
―――
僕は空を見ている。
大好きな、空。
僕の手には一冊の本。
僕の伸ばす手の先には、大好きな空。
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