クリスマス、みかん、抱き枕

「冬だねぇ~」


 こたつの向かいから、気の抜けた声がする。僕は何も言わず、みかんを手渡した。


「みかんだねぇ~」


 脱力しすぎじゃないか、この子は。


「このあとどうする?」

「どうもしたくない~」


 ……だめだめすぎる。

 色々デートプランとか考えてたんだけどなぁ。


「やっぱり外に出ようか~」

「えっ」


 突然言われて驚く。


「みかん無くなるから買いに行きたい」


 そんな理由かよ。


「ほら早く~」


 まぁ、振り回されるのも悪くはないけどね。


「ちょ、手袋忘れてるよ!」


―――


「帰りたい」


 彼女はコートのポケットに手を入れたままその場にしゃがみ込む。


「まだ家出たばっかりだよ……」

「だって雪降ってるよ」

「フード被ろう」

「えー、ヘアスタイルくずれるー」

「こたつの時点でぐちゃぐちゃだから」


 頭を少し乱暴に撫でてみる。


「あ~、とどめさされたー」


 なんだこの可愛い生き物。


「ほら、行くよ」

「仕方ないなー」


 さりげなく手を出してみるが気付かれなかったのか、繋いではもらえなかった。


「そうだ。なんか欲しいものとか無い?」

「みかん」


 そうじゃない。


「いきなりどしたの?」

「そりゃ、まぁ……クリスマスだから」

「んー、なんもいらないよ」


 立ち止まって、笑う。


「一緒にごろごろしたり、買い物行ったりしてくれるだけでね、わたしは嬉しいのさ」


 そう言うと彼女は僕の手を握る。


「ほら、早くみかん買って帰ろうよ~。わたしは一刻も早くこたつに戻りたいんだ」


 僕もプレゼントもらっちゃったな。


――


 みかんを買った後のこと。


「あ、欲しいものあった」

「ん?」

「抱き枕欲しいんだよねぇ」

「買いに行く?」

「あー、早く帰りたいしなぁ」


 彼女はしばらく考えた後、にやりと笑う。


「今日は君が抱き枕だ」


 こうして、今までで一番恥ずかしく、一番幸せなクリスマスを過ごすことになったのだった。

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きまぐれ短編集(三題噺) 燎(kagari) @sh8530

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